片手間に飼い猫をなでるよう。 自分の手のひらが下りた先、ごく自然なことみたいになめらかな髪をすくい上げては、落とす。 それくらいしかすることがない。 いや、他にやることがあってもきっとこれしかできない。 椅子に腰掛けた僕の膝にうつ伏せて頬を乗せている彼女を見ながら、思う。 名前の瞳は閉じたままだ。 南側にある窓から西日が射し込んでいて、閉じた瞼を縁取る睫毛をきらきらとさせていた。 髪に滑らせていた指先を伸ばし、その睫毛を軽くくすぐるように動かすと、やがてゆっくり時間をかけて瞳が開く。 名前は目を開けてもしばらくはじっと動かずにいた。 決して寝心地が良くはないだろう僕の太腿に、触り心地のいい柔らかな頬をいつまでもくっつけている。 まるで幼子が我が儘な感情で親を独り占めしているかのような格好。 放課後、名前はよくこのためだけに僕の教室を訪れた。 クラスメイトが捌けて二人きりになると、甘えたようにすり寄ってきて僕の腰にぎゅうっとしがみつく。 彼女が下半身に纏わりつくことで疚しい感情が浮かばないはずがなかったけれど、僕の邪心よりなにより、名前が途方に暮れた捨て猫みたいな顔をするから何もしないと決めている。 そう、時々気まぐれに頭をなでてやるくらいで。 柔らかい体で椅子に拘束された僕は、よく窓の外へ目をやった。 遠く伸びるように響く運動部の歓声。 上の階の窓から落ちてくる吹奏楽部のチューニング。 廊下を駆ける足音にはさすがに僕も肩を震わせるけれど、名前はどの音を聞いてもお構いなしで離れてはくれない。 僕はひとしきり放課後の学校というものを耳で感じてから、やはり視線を膝の上に戻す。 この生き物は何を欲しがっているんだろう。 さらり、こめかみにかかっている髪を退かすように触れれば、くすぐったそうに名前がまばたきした。 それからようやく顔を持ち上げて、彼女は僕を見上げた。 確認の意味で声を掛ける。 「もういいの?」 「うん。部活、行かなくちゃ」 「僕も」 彼女は、なぜか僕のことを引き留める。 不思議なかたちで、一緒にいようとする。 そのことに対して理由を聞かされたことはないし、謝罪も御礼も言われたことがない。 ただ、こうして僕を夕闇の教室に閉じ込めておいたあとの彼女はたいそう機嫌が良くて、立ち上がってから必ず頬にキスをくれる。 彼女が離れるより早く、その手を引いて今度は僕からキスをする。 ちゃんと唇同士をくっつける、恋人としての行為。 間近で見てもやはり彼女の睫毛はきらきらしていて、なんだか眩しいような胸が焦がれるような気分になる。 約束事みたいに一連の動作を終えた後は、日によって様々だった。 名前が僕の部活を見にくることもあれば、彼女にしては珍しく自分の部活動に精を出すこともある。 今日は後者だ。 だからといって、彼女が僕から離れたのは決して時間に追われたからではないと知っている。 自分の満足がいくまで、という考え方は捉えようによっては自己中心的と思われるだろう。 しかし、その身勝手な独占欲が僕にとっては当たり前であり日常なのだ。 いっそ心地良くさえもある。 こんなにも依存されて囲われていることが。 あまり中身の入っていない鞄を持ち上げて机に置く。 名前は僕の隣で髪を結っていた。 彼女の部活動は運動部ではないがとても作業的だ。 先ほどまで指先をすべっていた感触を思い出し、手のひらをゆるく握りしめた。 西日は彼女の睫毛の煌めきだけでなく、白く細い首筋さえも照らし出していた。 「名前」 「なあに、蛍」 「明日もおいでよ。僕のところに」 無意識に吐いた言葉は、紛れもない独占欲のかたまり。 彼女は意外そうにこちらを振り返り、眦を緩めて笑った。 ああ、これじゃあどちらが飼われている側かわからない。 僕も、所詮は、気まぐれな飼い主を待つ犬のよう。 20140205 |