「赤葦ってネットだと結構饒舌だよね」 「よく言われます」 年下の彼氏はすいすいと指先でスマートフォンを操作しながら答えた。 ソファーに寝転んだ状態の私が、床に座ってソファーに背をもたれている彼のうなじ越しに画面を覗けば、LINEで木兎と部活の連絡をしていた。 構いたがりの先輩を適当にかわして画面を終了させると、赤葦はこちらへくるりと振り向いた。 「だめですか」 「駄目ではないよ。ギャップはあるけれど」 だらしなく寝転んだためにめくれていた私のブラウスの裾を律儀に直しつつ、赤葦は淡々と尋ねた。 お腹冷やさないでくださいよ。女性なんですから。 そんな微妙なニュアンスの台詞にも躊躇いはなく、赤葦の声はいつも通り落ち着いている。 「木兎に対してもリアル以上に相手してあげてるんじゃない?」 「そうですかね」 「文字だと表情が読めないからツッコミにキレが増す!とか何とか言ってたよ」 「あの人は文字でも落ち着きがないんですよね」 ばっさりと言い切った赤葦は床に座り込んだままで、私の脇腹に彼の背中がくっついている状態だ。 私と同じくらいの体温が伝わってくるから、赤葦は男子の中では平均体温が低い方じゃないんだろうか、なんてことを考えた。 すいすいとスマートフォンの画面を操作して、赤葦とのトーク画面を開く。 昨夜の会話を眺めては、何とはなしに口を開いた。 「赤葦はまめに連絡をくれるよね」 「普通ですよ」 「毎日、何かしらの報告をしてくれるじゃない?」 遡っていくと、彼が部活終わりに必ず一言くれる報告がちらほら見つかった。 その内容は『今日はいつにも増して木兎さんのスパイク練が長かったです』、『最近パワーをつけるために自主練をしてます』、『もっとトスの精度を上げたいです』などなど。 最初に指摘した通り饒舌、なのだけれど。 お堅い敬語のせいか、顔文字や絵文字が少ないせいか、やり取りが多い割に事務的に見えてしまうのだ。 彼氏から連絡をもらって嬉しくないはずがないのだが、内容がどうしても気になる。 私は部誌か、というツッコミは今まで仕舞ってきたのだが、部活の話が多いだけに話し相手が私でいいんだろうかと思ったことはある。 監督やチームメイトに話した方が専門的な意見をもらえるんじゃないのか、と。 「赤葦ぃ」 「はい」 「こういうの、他の人にも話す?」 「…いえ、先輩にだけですよ」 例の画面を見せつつ言えば、先輩にだけ、の部分を強調して即答された。 どうして、浮気なんてしていないと言いたげな真剣な顔をするんだ。 そういう意味で言ったんじゃないのに。 「ふーん。もったいないね」 「言っておきますけれど、俺とこんなに会話が続くのってあなたくらいなんですよ」 「それは光栄ですね」 「真面目に聞いてください」 むに、と頬をつままれた。 赤葦は不満がある時に私の頬をつねる癖がある。 力加減されていても少し痛いのだけれど、彼がこんな風に触れてくるのは私だけだと思うと、やめてと言えるわけがないので困る。 「私だけなのね。わかったわかった」 「ホントにわかってますか」 「私はただ、赤葦が日課みたいに連絡をくれるから重荷になってないかなぁって気になったんだよ」 「やっぱりわかってないじゃないですか」 だってこんな、部誌に書きそうな真面目な内容を毎日送っている赤葦は疲れないんだろうか。 私は彼のことをどんどん知っていけるから楽しいけれど、彼があまりにも淡々としているので義務感からの行動ではないかと心配になる。 そういった内容をかいつまんで説明すれば、赤葦はため息を吐いた。 「俺がやりたくてやってるんだからいいんですよ。それに」 「それに?」 「好きなひとと沢山話したいのって、当たり前のことでしょう」 頬から離した指先を私の手首に添わせて、赤葦がぽつりと言った。 彼の表情に大きな変化がなくてもそれが特別な言葉だとすぐに分かったので、私はこの先忘れないようにと頭の中で反芻した。 「俺はこういう見た目でこういう話し方だから、普通に話していても怒ってる?ってたまに訊かれます」 「赤葦が落ち着いてるのはいつものことでしょ。怒ってるなんて思わないよ」 「…そうなんですけど」 あ、嬉しそう。 私の言葉を聞いてふいと視線を逸らした赤葦が続ける。 ほんのり赤くなっているように見える彼の耳を見つめていたら、「覚えてないんですか」という言葉に不意をつかれた。 「先輩が、こまめに連絡くれるような人が好きって言ったんじゃないですか」 「…ごめん。覚えてない」 「付き合う前のことなので仕方ないですけどね。だから、文字でなら上手く話せるかと思ったんですよ」 赤葦は私が考える以上に不器用だったらしい。 いろいろ悩んだ末に私とのコミュニケーション方法を見つけてくれたのかと思うと、素直に嬉しい。 「でもさ、赤葦」 「はい」 「そういうことも含めて、直接言葉にされないとわかんないこともあるよ」 「今回の件でよくわかりました」 呆れた様子の彼の傍らで、私はいたずらっぽい笑顔を作った。 直接言葉にしてほしいと言った手前、先輩としてお手本を見せてやろうと思ったのだ。 「これからは電話もしてね」 「じゃあ先輩の話ももっと聞かせてください」 「ねえ、赤葦」 「なんですか。にやにやして」 「好きだよ」 「俺は、そうやってすぐ言葉にしてくれるところが好きですよ」 赤葦が不敵な笑みを浮かべるから、私の先輩としての威厳はどこへやら、たまに聞く彼の「好き」は破壊力が計り知れないのだ。 20140702 |