私の膝の上で、ひだまりをぎゅっと詰め込んだようなオレンジの髪がふわふわ揺れていた。
お兄ちゃんと同じ色の髪を持つ夏ちゃんは、遊び疲れてしまったのか起きる気配がない。
その手のひらは私のスカートの裾をくしゃりと握ったままで、微笑ましくなって夏ちゃんの頭をゆっくり撫でる。
そこで日向が私の名前を呼びながら顔を覗かせたので、人差し指を唇に当てた。
足音を響かせないように、日向は少しぎくしゃくした動きで私の隣に腰を下ろした。

「夏、寝ちゃった?」
「うん。さっきまで元気だったんだけどね」
「重くない?」
「へーきだよ」

よく眠る女の子の頭上でひそひそと言葉を交わしあうのが、なんだか楽しい。
まるで子どもを見守る親みたいな気分だ、と。
自分たちもまだまだ子どもであるくせにそんなことを思ってしまったのは、ここが日向の家だからかもしれない。
半日過ごしてみて、すっかりくつろいでいる私はあたたかい日向家に取り込まれた気がする。

あのさ、名前。土曜日の部活のあと、おれの家に来ない?

そんな風に日向に誘われた時は驚いた。
私たちは付き合っていて、初めて彼氏の家に行くとなると、さまざまな心の準備が必要で。
けれど日向の言い方にやましい感じはしなくて、それでいて友達を誘う感じとも違っていたから、私は素直にうなずいて。日向は嬉しそうに笑ったのだ。
バレー部の練習が午前で終わった土曜日、私は日向に言われた通り自転車で学校にやって来ていた。
男の子の家に行くのだから気を抜かないように、お家の人に失礼がないように、等々。
わずかに残っていた緊張は道中の険しさに吹き飛んでしまった。
料理や洗濯は苦手だけれど、体力だけには自信がある。
そんな私でも自転車で山を越えるのには一時間以上掛かった。
これを毎朝三十分足らずで来ているという日向の体力と持久力は計り知れない。
もちろん日向家に到着した頃の私はへろへろで、そんな私を日向のお母さんは満面の笑みで迎えてくれた。
最初は人見知りしていた夏ちゃんとも時間が経つうちに打ち解けてきて、今では膝を貸す仲である。
そのまま視線を移せば、日向の脇にコップの乗ったお盆があると気付く。

「なに持ってきたの?」
「そうだ、これ母さんが名前に飲み物持って行けって」

日向が畳の上でお盆を引きずって運ぶと、コップの中の氷がぶつかり合ってかちかち鳴った。
はい、と渡されたのは汗をかいた冷たいコップで、一口含むと甘酸っぱくて懐かしい味がする。

「久しぶりに飲んだ。カルピスって懐かしいよね」
「えっ、そう?おれんちは夏の間ずーっとこれだよ」

昔から、カルピスは友達と遊ぶ時の飲み物だった。
私の家で、もしくは友達の家で、お客さんに出されるちょっぴり特別な味。
それぞれの家のお母さんが水で薄めて作るから、遊びに行く先々で少しずつ味は違っていた。
日向のお母さんが作ってくれたものは少し濃いめだ。
自分の分をソーダで割ってもらったらしく、日向は泡がしゅわしゅわと音を立てるコップに口をつけた。
その横顔を見ていると、不思議な居心地がした。
あの頃とは変わらない味が喉をすべっていくのに、私がいるのは友達の家じゃない。
私の隣にいるのは、私の好きな人だ。

「名前、今日どうだった?」
「すごく楽しかったよ!」

ふと日向が質問を投げかけてくるから、思わず声を大きくしてしまった。
寝返りを打った夏ちゃんに、慌てて二人で口を押さえる。
そこから、ひそひそと話したのは今日の出来事。
日向家のお昼ご飯の配膳を手伝ったり、夏ちゃんのために庭へビニールプールを出したり、高校生の私たちも混ざって水遊びしたり。
言わないけれど、日向の家は私のおばあちゃんの家に似ていた。
幼い頃、手放しで遊んで笑った記憶が蘇ってくる。
だからこんなに心が安らいで、肩肘張らずに過ごせたんだろう。
はしゃぎすぎて日向のお母さんには恥ずかしいところを見せたかな、とも思うけれど、それが些細なことだと思えるくらいに楽しかったのだ。
私が心から嬉しそうに語るからだろうか、日向の表情が明るいのは夕焼けのせいだけじゃないと思う。

「楽しかった、けれど」
「けれど?」
「そろそろ帰らなくちゃ」

日向の頬に射す夕焼けの角度で気付いてしまった。
自転車でここにやって来たからには、同じ道のりを自転車で帰らなくてはいけない。
帰りは道を覚えているから行きほど時間が掛からないとしても、そろそろ出発する必要がある。

「それなんだけど」
「うん?」
「暗くなると危ないから、母さんが車で送って行くってさ」

思いもよらない日向の提案に、私は慌てて首を振った。
お昼ご飯をご馳走になったことに加えて、そこまで迷惑を掛けられない。

「え、いいよ。ただでさえ夕食の準備で忙しい時間でしょ?」
「お願いだから乗ってって!じゃないとおれが怒られんの」
「…怒られたの?」
「彼女に山を越えさせるだなんて何考えてんのよ!ってさ〜…」

その指摘がよっぽどこたえたらしい。
日向は手を合わせて、名前の自転車は今度おれが乗ってくから!と言っている。
私は、ゆっくりと日向の言葉を反芻した。
彼女。
当たり前だけれど、私は彼の友達だとは思われていなかったようで嬉しくなった。
日向のお母さんから見て私が彼女に見えたのか、それとも日向が私を彼女だと説明したのか。
どちらにせよ、とても幸福なことだ。
自然と私の声は甘ったるく、だらしないものになっていたことだろう。

「それじゃあ、お言葉に甘えようかな」
「ほんと!はー、良かった」

そうと決まれば、改めてお母さんに挨拶をしなくてはいけない。
私は視線を落として、私のスカートを握りしめていた夏ちゃんの手をそっとほどいた。
起こさないように、彼女の枕を私の座っていた座布団に変える。
また遊ぼうね、と頭を撫でていて私はふと気付くことがあった。
この家に来てから、日向のことをちっとも呼んでいない気がする。
だから先に部屋を出ようとした彼を呼び止めた。

「ねえ日向」
「ん?」
「この家ではお母さんも夏ちゃんも、日向、なんだよね」

私の言葉に、彼は不思議そうに頷いた。
日向、と呼べば全員のことを指してしまうから。
私は知らず知らず彼を呼ぶことを控えていたのかもしれない。
今日ここに来て、私はようやく思いついたのだ。
彼を名前で呼べばいい、と。

「今日は家に呼んでくれてありがとう。翔陽」

はじめて口にした彼の名前はつっかえることなく滑り出てくれた。
それは私の心の準備ができていたからだ。
代わりに、まさかいきなり名前を呼ばれるとは思っていなかった日向が、目を瞬かせてからぱっと顔を背けた。

「ま、待って。いま、どんな顔すればいいか、わからない…」
「うん」
「…ごめん」

何に対しての謝罪だったんだろう。
一歩、日向がこちらに踏み出した。
肩に手を置かれて、距離が近付いたけれど私は緊張している場合ではなかった。
頬が真っ赤で、熱っぽい瞳で、触れたところから指先の震えが伝わってくる日向の方が、私の何百倍も緊張している。
一瞬だけ唇に触れた感触はじんじんと熱かった。

「おれの方こそ、ありがとう。来てくれて、夏と遊んでくれて」

そう言って笑ってみせた日向はきちんと男の子の顔をしていて、キスの後になってからようやく私は緊張したのかもしれない。
目の前の太陽のような笑みに、あてられたのだ。

20140621
0621 Happy Birthday!!
これからも愛されて愛されて成長していってください。大好き!

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