目の前で銀色のフォークがケーキの上に乗った苺を突き刺した。
フォークの圧に耐えかねた甘い果実は突き刺された部分がつぷりと潰れ、赤い果汁が白い生クリームに点々と垂れた。
その様はなんだか目に痛くて、すぐに苺を口に運んだ蛍をまじまじと見つめてしまった。

「意外。蛍って一番最初にケーキの苺を食べちゃうんだね」
「そうしないと食べにくいでしょ」
「そうだけどさ」

なんとなく、好物は最後に置いておく性格だと思い込んでいる節があったのだ。
だからケーキが運ばれてくるなり真っ先に苺をフォークに突き刺した蛍には驚いたし、主役が早くも消え去ったショートケーキの見た目は少し寂しい。
私のケーキにはまだ苺が乗っていて、それをフォークでお皿の脇に移す。
やっぱり好きなものは最後に食べたいと思うからだ。
蛍は私の行動を観察するように眺めてから、生クリームとふわふわのスポンジを一口掬って食べた。

「そんな風に残さなくたって、間にもちゃんと苺が挟まってるのに」
「うん」
「僕は、上に乗っているのが苺でも間に挟まっているのが桃ならショートケーキだと認めない。というか、そんなケーキならそもそも頼まない」
「本当に好きなんだね」

彼が好物を私の前で食べるのは初めてだった。
何事にも無関心そうな蛍のこだわりを、大いなる好奇心を持って聞く。
もっと聞かせてという私の表情に気付いたらしい蛍は、途端に口を閉じて食べることに専念してしまった。残念だ。
半分ほど食べ進めたくらいで、蛍はフォークを置いた。
一緒に頼んだ熱いコーヒーを飲む。

「そんなに意外だった?」
「え?」
「僕が好物を最初に食べるってこと」

蛍が自分に関する話題を引っ張るなんて珍しい。
私も熱い紅茶を飲んで一休みして、向かいに座る蛍を見た。
紅茶の琥珀色は、奥に向かうにつれて色合いが深くなっていて、蛍の静かな瞳に少しだけ似ている。

「うん。意外だった」
「ふうん」
「蛍は、行動より思考が先立つタイプだから。少しイメージと違ったの」

私が話すのを、蛍は言葉を拾うようにじっと聞いていた。
その眉間にやや皺が寄っているのは何故なのか。
不機嫌そうというか、もどかしそうな顔をしている。
ため息を吐いた蛍は、もう一口ケーキを掬った。

「少し話逸れていい?」
「あ、うん」
「君の認識は間違ってないよ。僕は動く前にまず考えるタイプだ。でも、そうしていられない時もあったんだよ」

本当に話が逸れている。
何が言いたいのか分からないでいると、蛍の口から思いもよらない名前が出た。

「名前、西谷さんと仲いいでしょ」
「うん。それが?」

即答して返すと、「鈍感」と私を罵った蛍はむっつりと口を閉じてしまった。
彼のケーキは半分から減っていない。
私が混乱していると、蛍は観念したように言った。

「分かりやすく言うと、焦ったんだよ」
「誰が、何に」
「僕が。君と西谷さんがよく話すってことに」

あまりにも率直に返されたので、私は気が動転した。
あの蛍が素直に自分の気持ちを話すなんて。
しかもそれが、察するに嫉妬という感情らしいので私は慌てて否定した。

「西谷先輩とはそういうのじゃないよ!」
「分かってる。それに、西谷さんが一番可愛がっている後輩が君なのは事実だけれど、正直あの人が恋愛感情抱いてたかどうかは知らないし」
「な…なんだ。焦らせないでよ」
「でも、主将は確実に君が好きだったと思うよ。それは知ってた?」

蛍がさらりと述べた言葉に、いよいよ返答ができなくなった。
まったく身に覚えがないので必死に記憶を探っていたら「鈍感」と、先ほどより冷めた声で言われた。

「…知らなかった」
「だから僕は考えるより先に行動するしかなかったんだよ。わかる?」

諭すような蛍の声は思った以上に優しくて、彼に告白された時のことを思い出した。
君のこと、好きだから。付き合ってほしい。
告白より宣言に近いそれは不器用だったけれど、何より優しい声色だったことを覚えている。
どんな経緯があってそんな告白をしてくれたのか、今までちっとも知らなかった。
蛍はなりふり構わず、気持ちを伝えてくれたんだ。
自覚しては恥ずかしくなる私を見て、蛍は満足そうに、そして意地悪く笑った。
彼が手にしたフォークが、私のお皿にある苺を突き刺した。

「ほら。好きなものは最初に食べないと取られるんだよ」

あっという間の出来事だった。
攫われていった苺は蛍の口に運ばれ、一瞬で姿を消した。
優しい声に隙だらけだったのは確かだけれど、私のケーキの主役を蛍が食べてしまったことに変わりはない。
どこかの王様よりよっぽど暴君な所行をしたというのに、蛍は平然としていた。
むしろ幸せそうに笑っている、というのは言い過ぎかもしれないけれど、その笑顔の出どころは大好きな苺ではなく私であったのなら、こんなに嬉しいことはない。
笑顔の蛍を相手に勝ち目はなさそうだったから、私は言いかけた文句を紅茶で流して飲み込んでしまった。

20140529


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