他人から、性格が悪いとよく言われる。
そう言われるのは心外だ。
きちんと考えて生きていると言ってほしい。
僕がきちんと考えて生きている人間でなければ、今こうして名字さんが笑顔で僕の前に立っていることはなかっただろう。

「ねえ、月島くん。山口くんの好きなタイプって、わかる?」

…少々の誤算があるには違いないけれど。
手のひらを合わせてお願いをするようにして、ほんの少し照れくさそうに尋ねてくる名字さんは僕を信頼しきっているんだろう。
そうでなければこんなに油断した表情をするはずがない。
彼女の油断はつまり、僕が意識されていないという証拠。
けれど、裏を返してみればいくらでも付け入る隙があるということだ。
こうして名字さんに呼び出されて山口についてあれこれ訊かれるのは三回目だ。
僕はそろそろ行動を起こしたい。

「…5組の谷地さんがかわいいとは言ってたかも」

新マネ(候補)がバレー部へ見学に来た日の帰り道、聞き流していたはずの山口の話をぼんやり思い出した。
二年の先輩たちに負けず劣らず、山口の趣味はなかなか分かりやすいと思ったことを覚えている。
ここで答えないという選択肢もあったが、何しろ名字さんは僕を情報源として頼ってきているのだ。
期待には応えなければ意味がない。
有力な情報を聞いて名字さんの表情はぱっと綻んだが、それは一瞬だけですぐに憂いが勝った面持ちになる。
ずっと最初みたいな笑顔でいればいいのに。

「うわあ、かわいい系の王道…!勝ち目ないなぁ…、あ、いや、どんな子が相手であっても勝ち負けみたいな傲慢なことは考えるべきじゃないよね、ごめん!」

この子はいったい何に対して謝っているんだ。
別に谷地さんや山口に聞かれたわけでもないのに、早口と赤面した顔でわたわたと訂正する様子は見ていて楽しい。
僕からすれば彼女自身はとても魅力的だと思うのだけれど、本人にはその自覚も自信も備わっていないのが問題だ。
憂鬱に満ちたため息を吐く名字さんを見て、フォローを入れる。

「谷地さんは、山口のこと何とも思ってなさそうだけどね」

その言葉に、目の前の彼女は控えめに笑顔を作った。
「気を遣わなくていいよ」とでも言うように。
僕がこんな風にきちんと正面から相手をしている人に気を遣うはずがないと、彼女は知らない。
思案に耽るように目を閉じ、僕ではない男を想う彼女には伝わることがない。

「あの子とは話したことあるんだ。頭が良くて華やかだけれど気取っていない、付き合いやすくて親しみがある人だよね」
「名字さんだって進学クラスなんじゃないの。頭良くないと入れないでしょ」
「進学クラスでも私、英語はてんでダメだもの」

妙なところで一致する山口との接点に少しむっとした。
彼女は否定して聞き入れてくれないが、頭の中ではいくらでも反論が出てきた。
僕は断然名字さんの方がいい。
華やかというよりも、名字さんの笑顔には花が咲いたという表現が似合っている。
付き合いやすくて親しみがあるのは彼女だって同じで、なおかつ謙虚で優しいときた。
非の打ち所がないね。
そう思っている間に、名字さんは自分の前髪をつまみ上げて何やらじっと考え込んでいた。

「髪、染めてみようかなぁ」
「それはダメ」
「えっ?ごめん、早くて聞き取れなかった」
「いや、やめた方がいいと思って。僕個人の意見だけれど」
「やっぱり似合わないかな?月島くんの言うとおりかも」

彼女の意外すぎる提案に思わず本音が出た。
一時の感情でその艶やかな髪を傷んだ状態にしてしまうなんてもったいない。
彼女にはもっと自分らしさを大切にしてほしいのに、この気持ちはどうすれば伝わるんだろう。

「うーん。他に変えられる部分ってないし、私はどんな女の子にも敵わないなぁ」
「そんなことないよ。名字さんの無防備なところとか、いいと思う」
「えっ」

至って真面目な気持ちで言えば、彼女は何度か目を瞬かせた。
それから、分かってないなぁと言いたげな顔で可笑しそうに笑う。

「無防備って…私は結構ガード固いよ?」

どの口が言ってるのさ。
分かってないのは完全に名字さんの方だ。
こんな人通りのない薄暗い廊下に僕を呼び出して、二人きりという状況を作り出しておいて。
ガードゆるゆるじゃないか。
そんな本心は一言も口に出さず、「そうだね」と無難に返しておく。
ついでに携帯に表示された時計を見やる。
僕と待ち合わせをした山口が委員会の仕事を終わらせてここに来るまで、あと三分。
時計を確認した僕を見て、名字さんは眉を下げて申し訳なさそうに尋ねてきた。

「もしかして用事ある?」
「いや、大丈夫。まだ時間があるから、もう少し話していよう」

あくまで自然に受け答えをすると、彼女は安心したように表情を緩ませる。
たとえ彼女の用事が僕自身になくても、今だけは僕と会話することを喜んでいる名字さんがいる。
その事実はわずかな幸福感と、それ以上に抗い難い独占欲を連れてきた。

他人から、性格が悪いとよく言われる。
そう言われるのは心外だ。
きちんと考えて生きていると言ってほしい。
僕がきちんと考えて生きている人間でなければ、今こうして名字さんが笑顔で僕の前に立っていることはなかっただろう。

名字さんの肩を軽く押しやった。
細身な彼女は簡単によろけて、壁に手のひらをつく。
驚いた瞳は僕をまっすぐに捉えるだけで、まだ疑いも不信感も映していない。
状況把握が遅いなぁ、と笑みが浮かぶのを抑えられないままに両手を窓際に置いた。
もちろん名字さんを逃がさないように、だ。
そこでようやく彼女の声色が変わる。

「月島くん?」
「…なに。」
「な、なんで私を壁際に追い詰めるの?」
「さあ。これから名字さんにキスをするから、かな」

視線を彼女の唇に合わせると、名字さんの指先が戸惑いにぴくりと震えた。
横目で見た先、廊下の角を曲がってきた山口が見えた。
あいつが事態を把握して再び物陰に隠れるまであと三秒。
それより先に。なおかつ彼女に逃げられるのが早すぎてはいけない。
名字さんと目が合った。
よく考えて生きている僕はタイミングを逃さない。
ひどい奴だと思われていい。
最初は嫌われたっていい。
ただ、もういい加減に、こんなにも君を想っている人間がいるのだと知ってほしい。
指先で小さなあごを持ち上げると、僕は大好きな女の子とゆっくり唇を合わせた。

20140204
狼のいるお花畑


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