明日の第二体育館は照明点検があるから生徒は立ち入り禁止です。
昨日の部活でマネージャーとしてそうアナウンスした時の、日向の顔ったらなかった。
毎日授業が終わるなり影山くんと競うようにして体育館へ駆けていく彼からすれば、それは死刑宣告のように聞こえたのかもしれない。
作業は一時間程度だからその後なら部活できるぞという大地さんの言葉に一瞬笑顔が戻ったものの、やはり今日の彼はいつもより元気がなかった。
たったの一時間とはいえ、彼にとっては貴重で有り難い練習時間なのである。
授業に不真面目なのは普段も同じだけれど、帰りのHR後も席を立たず机に伏せている姿を見れば、なんだか可哀想に思えてくる。
本当に、バレーは彼の生きがいだ。

「ひーなーた」
「…名前〜、バレーしたい」
「一時間だけガマンね」
「ぐぬう」

唸ったきり黙り込んでしまう彼の前の席を借り、今日の分の課題プリントを鞄から取り出した。
日向も渋々ではあるけれど、私に倣って机の中を漁っている。
危うく遠征に行けなくなるところだった補習騒動以来、日向も最低限の課題はこなすようになった。
微笑ましくなって笑みをこぼすと、彼は不思議そうに首を傾げている。

「名前、なんか楽しそう?」
「日向が前より真面目になったからね」
「…お前頭いいもんなー」
「日向と影山くんには勝てる自信があるよ」
「まっ、負けねー!」
「じゃあ頑張らないとね」

一日で既にしわくちゃなプリントを指先で叩くと、日向はまたうぐぅ、だか何だか微妙な呻きを発していた。
彼の負けず嫌いなところは最大の長所であり、生かしようによって苦手な勉強にもいい結果をもたらしてくれる。
そんな風に勝ちに執着できる日向がうらやましい。
私は誰かに競争で負けてもあまり悔しいとは思えない性分だから。
単純に、実力の差だったと自分を納得させてしまう癖がある。
私に分からないところを聞きながら半分ほどプリントの問題を解き終えたあたりで、日向がそわそわし始めた。
そろそろ限界かな。

「あー!早く体育館開かねーかな!」
「もう飽きたの?」
「あと半分だから!残りは帰ってやるからさ」
「しょうがないなあ…」

その半分が終えられなくて明日の朝に助けを求めてくる日向は容易に想像がついたけれど、既に帰り支度を始めた彼を止められる気がしないので私も荷物をさっさと片付けることにする。
早くも鞄を肩にかけて待つ日向に、私は声を掛けた。

「いま行ってもまだ作業終わってないと思うよ。どうするの?」
「えーと、んー…そうだ!廊下で練習!名前がトス上げてくれよっ」

思ってもみなかった発言にぎょっとして日向を見つめ返す。
さも名案!と言いたげな彼は今にもボールを取りに駆け出していきそうだ。
そういえば、彼は練習場所がないことに慣れてしまっている人だった。
一つ問題があるとすれば、マネージャーの私はサポート業務には慣れっこでもバレー技術は皆無に等しい、という点だ。

「わ、私バレー素人だよ?いいの?」
「全然!問題ないって!ボールが上がればおれはとぶ!」

そう言って胸を張る日向は、技術がなくて下手でも必要とされて嬉しい私の内心など知らないんだろう。
「あ、廊下じゃスパイクは打てないけどっ」と慌てて付け足す彼の頭の中は単純で、明快で、私には心地良い。
思わず笑顔になってしまった。
まったく、日向は人を巻き込むのが上手だ。
私は自然と、彼を助けるような提案を口にしている。

「廊下でも、レシーブ練習くらいはできるよね?」
「! うん、よろしく!」

その表情を輝かせて、日向は私の手を取って走り出した。
作業中の体育館に少しだけお邪魔して、ボールを一つ取ってきて廊下に戻る。
放課後の廊下は人気がなく、しんとしていた。
手のひらでボールを弄んでいた日向が、不意に思いついたようにそれを私に差し出した。

「そうだ、名前。片手でボール持ってみて!」

不思議な提案に、今度は私が首を傾げる番だった。
受け取ったバレーボールはバスケットボールやサッカーボールほど重さはない。
片手で掴むのは簡単なことのように思えた。
しかし意外というか何というか、指先に力を込めたにも関わらず、片手で持とうとしたボールはぽろりと呆気なく落下した。

「あれ?」

おかしいなぁ、とボールを拾い上げる私を日向は楽しそうに眺めていた。
もう一度、と手のひらに押し付けるように持ってみても、支えている片手を離せばボールは重力に従って床に転がる。

「なんで!」
「ふっふっふー」

可笑しそうに笑う日向にカチンときて、私は何度も挑戦した。
力を入れれば入れるほど、指先からつるりと滑っていくボールにすっかり躍起になっていた。
けれど、必死になった私を嘲笑うかのようにボールは何度でも床を転がった。

「……ダメかあ」

諦めかけた時、私以外の手のひらがボールを拾い上げた。
日向の手だ。
彼はボールを右手に持ち、私の方へ掲げながら声を出した。

「ふんぬッ」

日向が持ったボールは一瞬だけ手のひらに留まり、それから落っこちて軽く跳ねた。
私の手は小さいせいか、ボールが一瞬も留まってくれなかったのに。
ボールが手のひらから離れなかった数秒間を誇らしげに、日向が胸を叩く。

「おれは、あとちょっと!」

なんとなく、ムッとした。
奪い取るようにボールを拾い、私は片手でそれを掴もうと奮闘する。

「なんの!」
「あ、落ちた」
「もう一回!」
「出来てないしー」

けたけたと笑い出した日向に、自分の表情が拗ねたものになるのが分かった。
男女の違いがあるとはいえ、身長はそんなに変わらないのだ。
日向に出来て私に出来ないはずがない。
そう思っても、ボールは無情に床をてんてんと跳ねた。

「はは!名前すっげー悔しそう!」

もう一回、とボールを拾うために身をかがめた時にそんな声がした。
私はきょとんとして日向を見やった。
日向は相変わらずにこにこと私を見守っている。
信じられない思いで、問いかける。

「私、悔しそうにしてた?」
「え?してたしてた!ちょっと影山に似てたかな!こーんな感じ」

そう言って眉間をぎゅっと押さえてシワを作る日向に、返事ができなかった。
そうか。私は悔しかったのか。
久しぶりに感じた、もどかしいような走り出したくなるような感情は、不思議と嫌なものではない。
私の「悔しい」を、いとも簡単に引き出した日向。
ひまわりみたいな笑顔を浮かべる本人は、きっとそんなこと知りもしない。
これだから、彼の周りは人が溢れて絶えないのだと思う。
人を巻き込んで、振り回し、新しい感情を植えつけていく。
少し眩しい気持ちになった私は、訳もなく日向にお礼を言いたい気分になった。
けれど、その前に。

「そんな顔してないっ」
「あだッ」

必要以上に不細工にしてみせる日向の額をぺちんと叩く。
まだ、言わないでいいや。
これからも隣にいてくれる彼にはまだまだ眩しい気持ちにさせられるだろうから、お礼はその時にまとめて、ね。

20140306

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