この男は顔ばかりではなく言動までもが凶暴である。
私は顔面を強打してから床に落っこちた哀れなメロンパンを眺めながら思う。
顔を上げた先には何の感情からか、頬から首までを真っ赤に染め上げた田中が振りかぶった姿勢のまま立っていた。
野球小僧のような見た目をしていながら、彼はバレー部所属だとどこかで聞いたことがある。
そんなことはぶっちゃけた話、どうでもいい。
私にとって、田中はただの喧しくて絡み癖のある厄介なクラスメイトである。
今日も奴と日常茶飯事の口喧嘩をしていたら、別の厄介なクラスメイト男子が囃し立てた。

「お前ら、ホント仲いいな!また夫婦喧嘩かよ〜」

その瞬間、私は死んだような表情になり、田中はただでさえ鋭い目をさらにつり上げた。
不本意なことに、この一連の流れも含めて日常茶飯事になりつつあるのだが、最近はた迷惑な田中の行動までも恒例になりつつある。
私と田中が言い争いをするのは大概が昼休みであって、ちょうどご飯時だ。
すると最近の田中は手に持っている自分の昼食、つまりメロンパンを私に向かってぶん投げてくる。
今まではからかいに対する否定と罵詈雑言で済んでいたのに、こいつは物を投げて攻撃することを覚えてしまった。
どんな人間であれ、成長はするものである。
食べ物を粗末にするのはやめなさいよと言いながら、私は落ちたメロンパンを拾い上げた。

「お前と、ふっ、夫婦とか、気持ち悪いんだよ!滅びろ!」

田中の顔は相変わらず真っ赤っかだ。
きっと私と夫婦と称されるのが不名誉で憤慨しているのだろう。
滅びろというよく分からないような分かりやすいような罵倒に対抗する。

「こっちこそ、あんたなんか願い下げ!失せろ!」

わざとらしく舌を出して挑発してやると、田中はすっと顔の赤色だけを引っ込めて憤慨した表情のまま教室を出て行った。
忙しない奴め、とメロンパンの包装をはたいて気休め程度に綺麗にする。
こうして田中がメロンパンを投げては逃走するので、私は仕方なく投げつけられた物を日々処理する羽目になっている。
仕方ない、食べ物に罪はない。

「なあ」

袋をバリリと開封したところだった。
同じ目線から掛かった声に慌てて振り返ると、私と口喧嘩を始めるより前に田中と会話していた男子が立っていた。
あまり変わらない身長のせいか、彼との距離を間近に感じて後退りすると、退いた分だけぐいと近付いてくる。
彼も、クラスは違うがバレー部だったはずだ。
田中とよくつるんでいる、快活そうな男子である。
こちらを射抜くような瞳は猛禽類を思わせる。

「お前が名字か?」
「うん」

唐突に名前を呼ばれ、思わず頷いてしまった。
しかし彼と話すのは初めてのはずだ。
どうして私の名を知っているのだろう。
以前から名前だけを聞いていた人物と実際の印象を確かめるように、彼はにかっと笑った。

「やっぱりな!そうだと思った!」
「あの、君は?」
「俺は西谷ってんだ!龍…田中龍之介と同じバレー部で、ポジションはリベロ!」
「リベロ…?」
「何だお前リベロ知らねえのかよ!いいか、リベロってのはなぁ…」

名乗りから自己紹介が始まり、気付けば私は西谷くんにリベロというポジションの魅力を滔々と語られていた。
熱の入った口調には釣られるものがあり、最初は聞き流していた私も途中から神妙に頷きながら話に聞き入ってしまった。
とりあえず、西谷くんが自分のポジションが大好きだということはよく分かった。

「というわけだ!リベロかっこいいだろ!」
「うん、なんかすごそう…で、何か私に用事があったんじゃないの?」
「いけね、脱線してた」

私に指摘されて初めて気付いたという風に西谷くんはトーンダウンして頭を掻いた。
その様子がなんだか憎めなくて表情を緩めると、西谷くんはじーっとこちらを見つめてきた。

「なに?」
「ちゃんと笑えんだな」
「まあ、人間ですから」
「龍とは仲悪いのか?さっき、そんな顔ちっとも見せなかったろ」
「あー…いいの、あいつヤな奴だから。私のこと嫌ってるみたいだしね」

毎日突っかかってくる田中の姿を思い出し、肩をすくめた。
しかし西谷くんは目を細めて私をじいっと見つめた。
先ほどより物言いたげな視線である。

「聞いた話の通りだ。本当にニブいんだな」
「は?」

西谷くんの物言いたげな視線はすっと下がり、私が開封したばかりのメロンパンを眺めている。
食べたいならあげようか、と差し出せば、オレが貰えるわけないだろ!と目一杯拒絶された。
ちょっと傷付く。

「田中が毎日のように投げ捨ててくんだけどさー、結構おいしいよこれ」

小さく千切って口に放り込んだ欠片は甘い。
馬鹿力で投げつけられていささか潰れていることを除けば普通のメロンパンだ。
ビスケット生地が香ばしくてなかなか美味なので、こんな物を投げ捨てていく田中は罰当たりだと思った。
メロンパンを味わう私を見て、何か言いたげに口を開けたり閉じたりしていた西谷くんが廊下に出て行った。
そうして辺りを見渡したかと思うと、一人の男子生徒を呼び止める。

「月島!」
「…なんですか」

呼び止めた金髪に眼鏡の男の子を、西谷くんは教室まで引きずってきた。
やり取りを見る限り、西谷くんが先輩で眼鏡くんが後輩なのだろうが、身長差のせいで逆にしか見えないとは言わないでおいた。

「誰ですか。西谷さんの彼女ですか」
「ちっげーよ!あの名字だよ!」
「…ああ、田中さんがよく話してる例の」
「それ以上言うな!いいから、お前は質問に答えればいいんだよ!」

声量が勝っている西谷くんの話している内容しか聞き取れなかったけれど、何故か眼鏡の子は私を見て同情の色を表情に浮かべる。
いいから!と制止を重ねた西谷くんが、後輩の彼をビシッと指差した。

「月島。お前が片手に好きな食べ物を持ってたとするだろ?嫌いな奴が目の前にいたら、それ投げつけようって考えるか?」

なんとなく、西谷くんの話が私と田中のことを指しているのは理解できた。
けれど、質問が抽象的すぎて主旨がよく分からない。
眉をしかめた眼鏡の彼は、「よく分かりませんけど」と前置きをしてから、面倒臭そうに答えた。

「いくら相手にムカついたってそんなことしませんよ。食べられなくなったケーキがもったいないじゃないですか」

それじゃあ僕、忙しいんで。
話すだけ話して会話をバッサリ切り上げた後輩の彼は、余韻も残さずさっさと歩き去ってしまった。
ケーキが好物とは、人は見かけによらないものである。
それを気にした様子もなく、こちらに振り返った西谷くんはなんだか誇らしげにしている。

「ほらな」
「ほらな、じゃないよ。全く意味がわからないよ」
「お前かなりニブいな!」
「ええー」

ようやく説明ができた、と言わんばかりに笑んでいた西谷くんが驚いた声を出したために私も驚いた。
これだけ言ってなんで分かんねえんだよ!と声を大きくされたが、何を伝えたかったのかさっぱりだ。
「もう一度言うぞ!」と繰り返す西谷くんの声は本当に大きい。
さっきからクラスメイトに注目されっぱなしだ。

「嫌いな奴に自分の好物を投げつけるような人間なんていねえ!そんで龍はメロンパンが大好物だ!な、これでわかったろ?」
「ん?」
「な!わかれ!」
「…田中は私が嫌いじゃないってこと?」
「そういうことだ!」

そんなまさか、勘違いじゃないの。
私の心情を敏感に察知したらしく、西谷くんが不満そうな顔をする。
そうは言われても、今までの争いを思い返せば思い返すほど、私と田中の仲は険悪だった気がする。
首を傾げていれば、挙げ句の果てにこんなことを言われた。

「龍もお前もややこしい奴だなー」
「えええ、一緒にしないでよ…」
「好きな奴にくらい素直になればいいのに」
「…好きな奴、って?」
「あ、やべえ!言い過ぎた!許せ龍!」
「ま、ま、待って西谷くん!今の話詳しく!さすがに分かるよ!」

退散しようとする西谷くんと揉み合いになっていたら、教室に戻ってきた田中はまた凶悪な顔を真っ赤に染めて怒ったのだけれど、私の顔がもっともっと赤いことは言うまでもない。

20140305
0303 Happy Birthday Ryunosuke!

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