「ローさんって、なんで合コン来るんですか?」 女の子たちが来るのを待つ時間、隣で煙草を吹かす男に何気なく尋ねた。 この人はおれの大学の先輩で、大学内外問わず広く顔が知れ渡っている人気者で、特に女子からの支持が圧倒的に高い。 そんな彼を合コンに引っ張ってくれば必然と盛り上がるし、参加者のおれとしても気が楽だから文句など一つもないのだけれど。 ふっ、と軽く煙を吐き出して、ローさんはにやりと笑った。 「今回の幹事は誰だ?」 「おれです」 「主催のお前がそれを訊くのか、シャチ」 「だって彼女いるのに」 確かに、彼を合コンに誘ったのはおれだ。 けれど曲がりなりにも彼の隣で幸福そうに笑う女性のことも知ってしまっているから、誘うたびに彼女の姿が脳裏を過ぎる。 他人のおれでさえ罪悪感を覚えるのだ。 本人がどんな思いでこういう席に参加しているのか、気になってもおかしくはないだろう。 「彼女がいるのに合コンに来る奴の気が知れないか?」 「まあ、不誠実ではありますよね」 「ふん」 「彼女のこと、嫌いになったとか?」 「殴るぞ」 「ごめんなさい」 不誠実と言っても怒らないのに、嫌いになったのかと問えば手のひらのすぐそばに煙草を押しつけられて肝が冷えた。 木で出来た机に黒い焦げ跡が残っている。 どーすんの、これ。 二本目の煙草に火をつけたローさんの様子を窺う。 「それじゃあ、彼女のことは愛しちゃってるんですよね?」 「愛しちゃってるな」 ふざけているのか本気なのか分かりにくいが、おれの知っているこの人は愛という言葉を易々と使ったりしない。 ということは、ローさんは彼女が好きで好きで仕方ないにもかかわらず、合コンに来ていることになる。 本人から回答を得たのに、ますます意味が分からない。 首をひねるおれの横で、ローさんは楽しそうに視線を寄越してきた。 「お前から見て、あいつはどんな女だ」 「そうですねえ…大人しくて控えめだけど嫌なことは嫌だと結構はっきり言っちゃう人。あと、あんまり物事に執着しない感じ、かな?」 「あながち間違ってねェ」 「はあ」 だけど知った風な口を利き過ぎだ、と不意打ちで額を叩かれた。 ばちんといい音がして、予想していなかった痛みに悶絶してうずくまる。 叩いてきた本人は何事もなかったかのようにお冷やで唇を湿らせている。 この人…と、恨めしい気持ちで横目で見たものの、また叩かれては困るので距離を取るように座り直した。 ローさんは気にしない様子で短くなった煙草に口を付けている。 「あいつの一番可愛いところ、知らないだろ」 「そりゃあ、おれ他人なんで」 おれの返答は正しかったのか、満足そうに笑みを深めていた。 女の子たち遅いなぁと、携帯片手に話を聞こうとすると「ちゃんと聞け」と携帯を叩き落とされた。 この人、手癖が悪すぎる。 「はいはい、聞きますって」 「おれはあいつに正直に言って出掛ける」 「どんな風に?」 「合コンに行ってくる、とな」 「…うわあ」 「引くなよ」 だってあまりに彼女さんが不憫だ。 そんなの聞かされたら誰だって怒るだろうし、場合によっては別れを切り出される。 しかし二人の場合は違うようで。 「あいつは平気な顔して見送る」 「へえ」 「お前も言ってたろ。物事に執着しないんだ、表面上はな」 表面上は。 最後の一言がやけに強調されていた。 ということは、内心では違うんでしょう? 言葉を重ねれば、ローさんは眦を緩めた。 「おれはどんな女にも靡かない。必ずあいつのところに帰る」 「それは、どうして」 「泣きそうな顔したあいつが出迎えてくれる。おれが帰ってきたことに心底安堵した様子で、抱きしめたあとでおかえり、って言う。おれはそれが聞きたいんだ」 「…Sっ気出てますねぇ」 「は」 鼻で笑われた。 性格が悪いと受け止められがちだが、この人は誰より愛されていたくて必要とされていたい、ワガママな愛されたがりというだけなのかもしれない。 まあ、女の敵であることには変わりがないんだけれど。 おれはぼんやりと水を口に運んだ。 「あいつには言うなよ」 「…えっ」 「お前の考えなんてすぐに分かる。あいつを喜ばせるためにやってんじゃねェんだ」 「ほどほどにしないと嫌われますよ?」 「あ?もっぺん言ってみろ」 「すみませんでした」 胸ぐらを掴んで持ち上げられたので、ひたすら腰を低くして平謝りする。 それとなく彼女さんに言ってみようか、というおれの思いは彼にとって余計なお世話だったらしい。 ようやく手を離されて、席に落ち着く。 ぼそりと零したのは、自分の無意識の本音だった。 「大事にしてあげたらいいんじゃないすか」 「お前に言われなくてもそうする」 「たぶん伝わってませんよ」 「いいんだ。ちゃんと好きだから」 その穏やかな表情を見てしまっては、彼女が不憫とは言えなくなった。 ごめんなさい、彼女さん。 おれにはこの人を止められそうにないです。 この人の愛がいつか正しく彼女に伝わりますように。 やって来た女の子たちに笑顔を向けながら、頭の隅で彼女の幸せを祈った。 20131015 酷いことには変わりがない |