(頑張りました努力賞つづき)


「あ、いたいた!まったく、どこ行ってたんだよー。なまえ抜きで船内掃除やっちゃったぞ」
「…どうもシャケさん」
「シャチな!」

仕事に戻ろうにも外に船員が見当たらないから、船内をふらふら歩き回っていたら廊下で上司に出くわした。
うろ覚えで呼んでみれば間髪入れずに名前を訂正された。
さっき船長と彼らのことを話したばかりだからいけるかもと思った私が浅はかでした。
仕方ない、いつか覚えられたらいいよね。

「なまえって人の名前間違えてもけろっとしてるよな」
「そう見えます?」
「見える。反省とかしてる?」
「あんまり」
「やっぱり」

船長ほどではないにしろ、この人にも内心を見破られてしまっている。
私はそんなに分かりやすい顔でもしているんだろうか。
他人への印象はともかく、あまり勤務態度が悪いとペンギンさんあたりに叱られてしまう。
それは避けたいなあ。

「ま、あからさまに気まずい空気作られないだけ気楽でいいけどな」

あっけらかんと笑う彼は、名前を間違えられたというのに嫌な顔一つ見せない。
底抜けに前向きで絶対的に船長へ信頼を寄せている様は私とは正反対で苦手意識があるけれど、先輩として付き合う上でこういう性格にはずいぶん助けられている気がする。

「つーかシャケって。腹減ってんの?」
「いや、普通…」
「厨房に行けば何かもらえるかもな」

しかし彼にはあまり人の話を聞かないという難点もある。
人の腕を掴み、私の返答を待たずしてずんずんと歩き出した姿に掛ける言葉が見つからない。
私のペースが通用しない、という点でもこの人を苦手に思うのだった。
諦め半分で連れられていると、比較的新入りの顔を見つけたらしく彼が手を振った。

「おーい、ジャ…」

しかし新入りの名前を言いかけて途中で止めた彼は、くるりと振り返り私を見た。
なんだか嫌な予感と思ったのは外れていなかったらしく、図体の大きな新入りの彼に手招きをしている。

「なまえ!」
「…何でしょうか」
「さて、こいつの名前はなんでしょう!」

物は慣れだ、言ってみろ!と謂わんばかりの笑顔に苦い表情しか返せない。
体の大きい新入りの彼も居心地が悪そうに見える。
分からないから呼ばないようにしているというのに!
あえて不可能なことに挑戦させるあたり、彼もしっかりこの海賊団の一員だった。
船長やペンギンさんのスパルタ指導っぷりがすっかり伝染してしまっている。
内心で嫌だ嫌だと思っていても埒が明かないので、渋々口を開く。
シャボンディで新しく仲間に加わった彼の名前は何だったか。

「ジ、」
「お!」
「ジャン…」
「うんうん」
「…ジャンパーさん」
「あー、ニアミス!惜しいところまで行ったのに」

私以上に悔しがる(そもそも私は悔しくないのだが)彼をよそに、新入りの彼が「ジャンバールだ」と控えめに言ってくれる。
覚えられるように努力しますね、一応。
引き留めて悪かったなー、と再び手を振って見送った彼は勢いよく私へ向き直った。
気圧されてわずかに後退ってしまう。

「進歩したなあ、なまえ!」
「はい?」
「今までは無言を貫き通すとか掠りもしない名前言ったりとかしてたのに」

だって、あなたが言わせたんじゃないですか。
とは言えずに、複雑な心境から口を閉じる。
そういう彼こそ、名前を間違えても怒ったり不愉快な顔をしたりしない。
前進かも分からない一歩を大げさに褒めてくれる。
部下は褒めて伸ばせの精神なのかもしれない。
えらいぞー、と言って撫でてくる手のひらに顔をしかめる。
そこはさっき船長に殴られたから痛いんですってば。

「シャコさんって人がいいですよね」
「だからシャチだって」
「あれ」
「そんなに腹減ってんのかよー。コックにパスタでも作ってもらうかぁ、シーフード系のやつ!」
「はあ」
「それまではこれで我慢してくれよ」

ツナギのポケットを漁っていた手のひらが、チョコレートをいくつか渡してきた。
ポケットへ無造作に入れておくにはもったいない、なかなかいいチョコレートだ。
私でも知っているほどの銘柄である。

「どうしたんですか、これ」
「一つ前の島で、ちょっと奮発していいヤツ買った」
「へえ」
「ご褒美ついでにやるよ。女の子は甘いもの好きだもんな」

また、決めつけたように言う。
どうして奮発して買ったものを易々と人にあげちゃうんですか。
言いたいことは尽きなかったけれど、目の前の彼は笑みを絶やさない。
いい人を通り越してお人好しだ。

「…いただきます」
「おう」

きっと突き返しても傷付いた反応をされる気がしたので、素直に小さな包みを開く。
軽い気持ちで口に放り込んで、厨房までのろのろと進めていた足がつい止まった。

「あ、おいしい」
「だろ!うまいよなー」

何故か嬉しそうにする彼を横目に、私はふんわり甘いチョコレートを静かに味わった。
もう少し、努力してみようかな。
せめて上司の名前を言えるくらいには。


昇格しました努力賞


(もっかい!おれの名前は?)
(…シャムさん)
(猫じゃないって!)

20131004


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