(学パロ) 毎年、2月14日のシャチは不機嫌と決まっている。 通学路で見かける同級生たちは朝からすでに浮ついていて、彼はそれが面白くないと言いたげに猫背気味の早足で歩くのだ。 置いていかれないように、なおかつ彼が普段より圧倒的に寡黙であることを指摘しないように留意しながら、私もシャチの後をついて歩く。 下駄箱でそわそわしたり一喜一憂したりする輩には目もくれず、シャチは踵を履き潰した上履きをつっかける。 私たちの背後、つまりは上級生の下駄箱の前ではロー先輩が身動きを取れなくなっていた。 何に阻まれて? もちろんチョコレートに。 彼が上履きを取り出した途端、それはもう漫画のように下駄箱から溢れ出すチョコレートの数々。 しかし本人は気に掛けてすらいないらしく、お目当ての上履きを探り当てるとチョコレートは一つも拾わないで教室へ向かってしまった。 ロー先輩の上履きの踵はきれいなままで、シャチとは大違いだ。 陰から様子を見ていた女子たちが落ちていた自分のチョコレートを回収し、そそくさと階段を上っていった。 めげずにリベンジをするのだ。 普段ならロー先輩に懐いて嬉しそうに話しかけにいくシャチは、むっすりと口を閉じたままだ。 教室に向かう猫背をさすってやると、ほんのちょっとだけ真っすぐに戻った。 しかし、教室ではペンギンが贈られたチョコレートを箱の大きさごとに分けて紙袋へ仕舞っていた。 隣にいたシャチがついに床へ崩れ落ちた。 「おれは一年の中でこんなに嫌いな日が他にない」 「気持ちはわかるよ…」 尋常じゃないモテ男子が身近に一人でも十分なのに、二人もいれば心が荒むに決まっている。 私は女だけれど、毎年シャチの何とも言えない苦い顔を見ていればさすがに心情の察しがつく。 教室の入口で邪魔くさく問答をしている私たちに気付いたペンギンが「おはよう。お前らまた一緒に登校か」と何でもないように挨拶してきた。 ペンギンもシャチの落ち込みようには慣れっこである。 「だってシャチと家隣だもん」 「小さい頃からの付き合いだったか」 「腐れ縁だね」 「お前はシャチの世話焼き女房みたいだな」 「……」 「そう変な顔をするなよ。可愛くないぞ」 ペンギンがちょっと意地悪く笑う。 こいつにチョコレートをあげた女子たちに教えてやりたい。 何でも知っている聡いペンギンは、実はちょっと性格が悪い。 私たちが二人で話していると、シャチがペンギンの机の陰から顔を覗かせて頬杖をついた。 いつの間にかこっちにやってきていた彼に、私は一瞬ぎくりとした。 じと目の彼は気付いた様子もなくペンギンの手元を恨めしそうに見ている。 「…ペンギンはなにやってんの」 「整理整頓。荷物が増えたからな」 「かーっ!なあ今の聞いた?すげー腹立つよな爆発しろ!ペンギン爆発しろ!」 「落ち着けよお前は…」 私に同意を求められても困る。 苦笑いをする私を察したペンギンが言葉で制するも、シャチの奴は聞いちゃいないのだ。 ぶすくれた様子でペンギンのチョコレートに手を伸ばし、叱られていた。 ペンギンにチョップを食らわされたシャチは拗ねたようにキャスケットを直すと、非モテ同盟(とシャチが言っていた)の友人たちの元へ行き、不平不満を言い合っていた。 呆れた様子でペンギンが私に同情の目を向ける。 「お前も大変だな。あいつ、この日は何言っても怒るだろ?」 「そうなんだよね。付き合う方も気を遣うよ」 「その割に、苦労してる顔には見えないな」 「今年はちょっと作戦があるからね」 「作戦、ね」 シャチの不機嫌は、ロー先輩やペンギンといったモテる部類の人々を見て、多少なりとも羨ましいと思うことが原因だと思うのだ。 要は「この世は不平等だ」と思わせなければいい。 そして、そう思わせない方法はいたってシンプルで、シャチ自身がチョコレートをもらえばいい。 彼だったら機嫌が良くなるどころか舞い上がるはずだ。 机上のチョコレートの箱を手に取り、これ高いやつだなぁなどと思って眺めていたら、不意にペンギンが声を上げた。 「あ、後ろ危ないぞ」 彼が言い終わらないうちに、シャチが私の名前を大声で叫びながら突っ込んできた。 後ろから飛びつかれるといろいろな意味で心臓に悪いからやめてほしい。 やんわりと彼の肩を押し返し、私はため息を吐いた。 内心では作戦成功を笑いながら。 「シャチ、痛いって。どうかした?」 「こっ、これ、机に入ってた!」 可愛らしい柄の包装紙で包まれた箱を手に、シャチが興奮で顔を赤くしている。 ペンギンがじっとこちらを見ているのが分かった。 シャチは箱をまじまじと眺めているけれど、差出人の名前はいくら探したって書いてない。 だって書かなかったから。 たとえ差出人不明であっても、シャチならばチョコレート一つで今日という一日を楽しく過ごしてくれるだろう。 そんな思いで、私がこっそり忍ばせておいたものだった。 毎年つまらなそうな彼のために義理で、と思っていたのに割と本気で手作りしてしまったことは私だけの秘密だ。 秘密にしておかないと、私のひそかな長年の片思いがバレてしまう。 子供みたいに目を輝かせるシャチに何食わぬ顔で良かったね、と言おうとしたら満面の笑みで先手を打たれた。 「ありがとな!すっげー嬉しい!」 「…え?」 「なに驚いてんだよ。お前がくれたんだろ?」 「なん、なんで知って、」 いきなり差出人を私と言い当てたシャチに、急速に焦りが湧いてくる。 シャチは嬉しそうな顔を隠しもせず、当たり前のように言った。 「だってこの包装紙、前に雑貨屋行った時に見てたじゃん」 「そ、その時はシャチ、ゆるキャラストラップに夢中だったでしょ!なんで見てるの!」 「だっておれ、あのキャラあんまり好きじゃないし。だいぶ前に飽きてお前のこと見てた。なんかすげー迷ってんなーって」 「え、ええ…?」 「なあコレ開けていい?開けるからな?」 完全にシャチの隙を突いていたと思っていたのに、まさか逆に観察されていたなんて。 呆然とする私をよそに、シャチは丁寧に丁寧に包み紙を剥がしていく。 包み紙なんてものは適当に破ってそこらへんに捨ててしまいそうな性格をしているくせに、シャチが宝物を扱うみたいな手つきをするから私の方が恥ずかしい。 「お、ブラウニー。この前本屋で作り方見てたやつ?」 「なんで?あの時はバイクの雑誌ばっかり見てたはず…」 「だからさ、ちゃんと見てるに決まってんだろ。好きな奴のことなんだから」 私は思わず黙ってまばたきをした。 ペンギンの方を見ると、彼もぽかんとしていた。 シャチだけが一人、満足したように笑んでいる。 「いつになったらお前からもらえるんだろーって、おれ毎年もやもやしてたんだからな!」 それからだ。 シャチが2月14日に不機嫌になることはなくなった。 代わりに私の隣で締まりなく、しかも幸せそうに笑っている。 20140214~0228 拍手ログ |