たっちゃんこと山口忠は私の幼なじみである。
小さい頃から親同士の付き合いでよく遊んでいて、保育園から高校まで同じという、典型的な幼なじみである。
どこまでも平凡でありきたりな関係を続けてきた私たちは、男の子であるたっちゃんが先に思春期を迎えて私から距離を置くという、平凡でありきたりな状況にあった。
その頃、たっちゃんの口から多く聞くようになったのが「ツッキー」という名前だった。
たっちゃん曰わく、「ツッキー」は頭が良くてバレーが上手く、背が高くて女子にモテモテなのだそうだ。
そんな絵に描いたような人物が本当に存在するのだろうか、妄想上のお友達ではないのか、と私は彼の友人関係を心配したりもした。
けれど、ツッキーこと月島蛍は本当に存在していた。
たっちゃんとは随分タイプが違うように見えたけれど、彼が楽しそうに月島くんに話しかけていたからそれなりに仲はいいのだろうと思った。

月島くんは静かな人だった。
幼なじみから聞いていた情報量からはおよそ予想もつかないくらい、静かに滞りなく生活していた。
直接話したこともないくせに、たっちゃんがあれほど懐くのだからと、勝手ながら私は月島くんに好印象を抱いていた。
周りの女の子のように彼に興味があるわけではないけれど、ただ漠然と「いい人」であるのだと信じ込んでいて。
その月島くんとはじめて話したのは、高校生活と部活にようやく慣れ始めた頃だった。
小学校から同じだというのに、私と彼の接点は高校生になるまでほぼ皆無だったのである。

「名字さん」

部室棟廊下を急ぎ足に歩いていたら、涼やかな声が背中に掛かった。
私がくるりと振り向くにつれて結い上げたポニーテールが揺れるのを、彼は何気なく目で追ったようだった。
無表情でバレー部の部室前に佇んでいた月島くんが一度屈んでから片手を差し出す。

「コレ、君のじゃないの」
「あっ…落としてた?ありがとう!」

真新しいタオルを軽くはたいてから、月島くんは私にそれを返してくれた。
先輩の私物も含め、たくさんの荷物を抱えていたせいで落とし物に気付けなかったらしい。
受け取る時、月島くんとの距離が近くなる。
そばで見上げると本当に背が高い人なのだと実感する。
作業のように淡々と行動をした月島くんはすぐに踵を返した。
待って、と声を掛けると怪訝そうに立ち止まってこちらを見つめ返された。

「助かったよ。月島くんっていい人だね」

他人からの親切に触れ、なおかつ「いい人」という予想が当たっていたと確信し、たっちゃんの交友関係にも安心した私はとても機嫌が良かった。
きっと満面の笑みを見せていたことだろう。
それなのに、こちらからの笑顔と褒め言葉に対して月島くんは変な顔をした。
苦々しく、理解できないものを見るような顔。
不本意だ、とでも言いたげな表情に違和感こそ覚えたものの、遠くに先輩から名前を呼ばれた私はさっさとその場を立ち去ってしまった。
何が悪かったのか、その翌日は出会い頭に月島くんに無言で髪を留めているシュシュを奪い取られた。
混乱のまま、とにかく取り返そうとするも右へ左へ避けられて、最終的に届かない位置へ腕を持ち上げられてしまった。
困惑で言葉が出ない私をじっと見下ろし、月島くんは冷めた目でこんなことを言った。

「その反射神経で君、本当に運動部なの?」

この瞬間、私にとって月島蛍は「いい人」からだいぶ格下の、「性悪ひねくれ毒舌男」になったのである。
月島くんによるちょっかいは何故か連日続き、どうやら彼の機嫌を損ねたらしい、だからからかわれるのだと気付くまでに時間は掛からなかった。
理由も分からないまま悪意を持って接触されるというのは気分がいいものではなかったけれど、バレー部の部室前とくれば近くにはたっちゃんがいた。
月島くんから逃げたい一心でたっちゃんの元へ行き、あちらには相変わらず疎ましく思われながらも、私自身は馴染みのある相手と話すだけでほっとした。
そういう時、月島くんの顔が怖いことには攻防開始から三日目あたりで気付いたので、まったく目を合わさないようにしていた。
本当に、たっちゃんはどうしてこの人と友達なのだろう。
確かに頭が良くてバレーが上手く、背が高くて女子にモテモテかもしれない。
しかし、それらの要素すべてをひっくり返すほどの性格の悪さ。
月島蛍という人間は、あえて人の嫌がることをして、自分はきれいに笑っている。
私の価値観には合わない。嫌いなタイプだ。
そう思ってしばらく、攻防開始から二週間が経っていた。
つい昨日のことだ。
月島蛍に告白まがいのことをされた。
そして私はいま、メール作成画面を開いている。

あれから一日、月島くんの言動とその真意をじっくり考えてみたけれどよく分からない。
私は彼を嫌っていて、彼も私を嫌いだと言って、私と月島くんはいわゆる犬猿の仲だと思っていた。
「なんでこっちを見ないんだ」と言った彼の声音はやけに切なそうで、いつもの余裕なんて感じさせないくらい必死な様子を思わせた。
子供じみた告白にどうしてか心揺さぶられたのは、あの声のせいだと、そう考えることにした。
私はするすると文字を打ち、一通のメールを送信した。
自室のベッドの上で寝返りをして、送った文面を見直す。

『昨日、月島くんに部室へ連れ込まれたよ』

送った相手はもちろん、たっちゃんだ。
三秒後、画面に表示されたのはメール受信ではなく「山口忠」からの電話着信だった。
起き上がり、端末を耳に当てる。

「もしもし」
「なに言ってんの?」

開口一番に不躾だなぁ、と思いつつ、「こんばんは」と言えば少し遅れて挨拶が返ってきた。
素直なところはたっちゃんの長所である。

「だからね、バレー部の部室へ連れ込まれたよって」
「誰が?誰を?ツッキーが?名前を?なに言ってんの?」
「たっちゃん。少し落ち着こう」
「お前のせいだよ!」

彼のことはよく知っているが、とにかく予想もしない事態に弱いというのは一つの欠点だと思う。
ため息のタイミングがばっちり揃ってしまったのは、一緒に過ごしてきた時間の長さ故かもしれない。

「なんだか俺、頭がくらくらする」
「奇遇だね。私も昨日からそうなの」
「…本当にツッキーが?」
「あれが夢じゃないなら」

切迫した様子で感情を吐露する月島蛍の図は、まさしく夢のようで、むしろ夢だと考えることが自然のように思えた。
けれど、認めないわけにはいかない。
月島くんの少し震えていた声も、首筋をくすぐった柔らかい髪も、最後に目が覚めたように私を見つめていたまっすぐな瞳もよく覚えている。
至って真面目な口調の私にたっちゃんも信じてくれたらしく、詳細を聞かれたので恥ずかしくない範囲で答えた。
私はたっちゃんに多くを伝えなかったので、結果的に彼の友人「ツッキー」の体面を保ってしまった気がするのが悔しいところである。

「名前、紛らわしい言い方するなよ…髪結んでもらったってだけじゃん」
「あの月島くんが普段から女子の髪を結んであげるようなタイプだと思うの」
「いや、それは。うーん」

本気で考え込む彼の反応に笑ってしまった。
たっちゃんが思い悩むように、月島くんらしからぬ行動だからこそ、私も今回のことを信じられないのだ。

「そもそもツッキーは、人に何かしてあげるタイプじゃないしなー。特に女子相手には」
「ああ、でも月島くんがタオルを拾ってくれたことはあったよ。今みたく険悪になるより前に」
「え?それ、本当に?」
「うん。ほぼ初対面で」

しばらく無言の時間が流れた。
不思議に思って呼びかけると、たっちゃんは何か思い出したように言った。

「おかしいなぁ」
「どうして?」
「俺が前に誰かの落とし物を拾おうとしたら、自分から面倒事に首突っ込むなんてお人好しだねって言ってたのに」

今度は私が黙りこくって考える番だった。
少なくとも初対面の月島くんは、愛想こそ足りないが不親切という印象はなかった。
しかし、たっちゃんの話では積極的に親切をするタイプでもないらしい。
それなら、どうしてあの時は無視をせず私に声を掛けたのだろう。
私の返事を待たず、たっちゃんは続ける。

「名前、その時ツッキーに何か言ったんじゃない?」
「…あの時だけは親切にしてもらったから、いい人だねって言った」

「だけ」の部分を強調すると、たっちゃんは苦笑いをした。
すごく、穏やかな調子で。
こんな風にたっちゃんと長い電話をしたのは久しぶり、いや初めてかもしれない。
上手く話ができた気がして私は嬉しくなった。

「いい人、かぁ。きっとびっくりしたんじゃないかなー。ツッキーは」
「私だって、次の日から意地悪されるって分かっていたらそんなこと言わなかったよ」
「違うよ、多分逆。いい人だって言われたから意地悪しようと思った、とかさ。…いや、予想だけどね?」

言われ慣れないことを言われたから、真意を試したくてあんなことを始めたのではないか。
たっちゃんはそう言いたいらしい。
そのひねくれた思考回路はまったく理解できないけれど、月島くんが一日で態度をガラッと変えた理由にようやくたどり着いた気がした。

「…あの人は褒め言葉も素直に受け取れないの?」
「俺が褒めてもだいたいは、黙ってろ山口って言うよ」
「めんどくさい人だなぁ」
「そういうこと言うなよ!」

ツッキーはなぁ!と、またたっちゃんによる長々とした話が始まる。
今すぐ素直になれるわけではないけれど、一番信頼ができる情報網から月島くんの人となりを聞けて、私の心中は晴れ晴れとしていた。
私のすっきりした口調を感じ取ったらしいたっちゃんが、諭すように語りかけてくる。

「俺の想像だけど、ツッキーは名前が気になってちょっかい出してたんじゃないの?」
「…そうなのかな」
「うん。だってツッキーは興味がない相手や嫌いな奴はとことん避けるもん」

分かる気がする。
けれど、月島くんは私を避けなかった。
単純に嫌っているのならば他にいくらでも付き合い方があったはずだ。
幾分か気持ちに整理をつけて、私はある決心をした。
たっちゃんに呼びかけた声はやけに真剣味を帯びていたと思う。

「ねえ、月島くんの番号教えてくれる?」

月島くんと、直接話をしたい。
そうして真っ向からぶつかっていけば、私たちの関係は変わっていく気がした。

20140127~0420
(リナリアの花束を贈るわ)

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -