火神くんの目を見られない。
それは同じクラスになってからずっと思っていたことだった。
初めて目が合った時、彼の瞳を赤い宝石のようだと思った。
強い意思に燃えたぎり、ここではないどこか遠く遠くを見据える瞳に身が竦んだのだ。
すぐに目を逸らしてしまった私は、胸騒ぎに似たものを覚えてからは彼を見ないようにしている。
その瞳はやわで意志薄弱な私のすべてを溶かしてどろどろにしてしまいそうだった。
彼と一緒にいる黒子くんの涼しげな瞳は平気であるというのに。

「はよ、名字」
「おはよう、火神くん」

朝の下駄箱で声を掛けられた。
至って平静なふりをする、けれど内心で声が震えていないかと確認する。
私のすぐそばまでやってきた火神くんを一瞬だけ見やり、すぐに視線を上履きへ戻した。
その瞬間に目を凝らしてみたけれど、黒子くんは近くに見当たらなかった。
私が影の薄い彼を見逃しているということはなく、今日は別々なのだろう。
しゃがみこんで履きにくい踵の部分を引っ張って直す仕草をする私を火神くんはじっと見下ろしているようだった。
早く教室に行ってくれたらいいのに。

「なあ名字」
「なに?火神くん」
「お前はどうしてオレと目を合わせないんだよ」

頭上から降ってきた真っ直ぐすぎる言葉が痛い。
隠すように深く息を吐いた。
いつか訊かれるだろうと思っていたことなので、素知らぬふりをする準備はできている。

「…何のこと?」
「いつもだ。すぐに目ェ逸らして、オレのことを見ようとしないだろ」
「火神くんの気のせいだよ」

スカートをはたいて直してから顔を上げると、火神くんは変わらずこちらを見つめていた。
じり、と肌が灼けるような気分になる。
彼の視線が向いた私の顔から首へ腕を伝い指先まで、じんと痺れて熱くなる。
まともな考え方ができなくなる。
そのことが怖くて、ここから逃げ出してしまいたかった。

「今こうしてお前がうつむくのも気のせいだっていうのか」
「そうだよ」
「嘘つくな、こっち見ろ」
「…やだってば」

火神くんがこちらへ一歩踏み出すと、周囲の冷えた空気がぬるむ。
やはり彼が身に孕む熱は計り知れなくて、その肌を焦がす勢いで内側から外側へ出よう出ようとしているに違いない。
そんなことを思いながら重たい頭を上げると視線がかち合った先の火神くんが傷付いたような顔をした。
きっと私の表情が憂えたものだったからだ。
言葉に迷ったように、けれど瞳に私をしっかり捉えたまま火神くんが声を荒らげる。

「オレはお前に何もしてないはずだ。嫌われるようなことも」
「間違ってないよ」
「だったら」

どうしてそんな顔をするんだ、と非難された気持ちになる語調だった。
私は火神くんを見ているような見ていないようなくらくらした気分になりながら、何度か手のひらを握ったり開いたりした。
息が苦しい。
火神くんこそ、そんな顔をしないでよ。

「…火神くんには、関係ない」
「待てよ」
「どいて」
「どかねぇ」
「しつこいよ」
「わかってらぁ」

承知の上でこうも食い下がるのはタチが悪い。
立ちはだかる彼と下駄箱の狭い隙間を通り抜けて逃げようとしたのはかなわず、大きな力強い手のひらが私の頼りない手首を掴んだ。
ぶわ、とまた肌が灼かれるような感覚。
私の弱々しい思考が慣れない温度に悲鳴を上げる。

「…っ、」

想像したとおり、火神くんの体温は高い。
私の手首を握る手のひらが触れたところからひりひりとする。
だけれど、彼の熱に焦がされている私よりも熱いということはもしかして、彼も、

「お前の言うとおり、オレには関係ないかもしれない。でも仕方ないだろ。…お前のことほっとけないんだ」

私の瞳に灼かれている。


20131029
何も踏み出せない女の子と全部飛び越える彼の両片思い


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