高尾くんとお付き合いを始めて二週間が経っていた。
告白された時はどうして私なのかなぁと思ったりしたけれど、高尾くんは居心地のいい隣をつくるのがとても上手い人だったから、野暮な質問はやめておこうと思うようになった。
高尾くんはやさしい人だ。
笑ったときに少し目を伏せるのが印象的で、そんな顔はいつまでも見ていたいなあと思うのだった。
そんな高尾くんが、今日は昼休みに教室を訪ねてこなかった。
付き合うようになってから毎日昼ご飯を一緒に食べようと誘いにやってくる高尾くんが来ないことにそわそわして、私はお弁当を持って彼のクラスに向かった。

「高尾なら、緑間と体育館に行ったよ」

クラスの人がそう教えてくれたので、私は体育館に行ってみることにした。
緑間くんのことは知っている。
少しだけ、話をした。
高尾くんに告白された翌日、彼に連れられて緑間くんのもとへ行った。
私も緑間くんも初対面で、訳が分からないという顔をしていたのに高尾くんは一人でにこにこしていた。

「真ちゃん、この子がオレのカノジョ。名字名前さん」

いつもは名前、と名前で呼ぶのに高尾くんはさらりと丁寧な呼び方をした。
不自然にも感じなかったので、私は彼の言葉に合わせて軽くお辞儀を添えた。
私がかしこまっていたせいか、緑間くんも私に対して遠慮しているようだった。

「…何故それをオレに言う」
「紹介しておきたかったから」

やはり何でもないように高尾くんは重ねて言った。
呆れたらしい緑間くんが眼鏡を指先で押し上げ口を開きかけたのを、高尾くんは手のひらと笑顔で制した。

「関係ないって?そんなことねーよ。だって、二人ともオレの大事なひとだからさ」

緑間くんが言うだろう台詞を予測して掬い上げたのもすごいと感じたし、照れ臭くて普通はなかなか言えないようなことを言いきる高尾くんを尊敬した。
同時に、大事だと言われたことを思うと僅かながら気恥ずかしくて俯いてしまった。
そんな私を背中で庇うようにしながら、「あっでも惚れるのはナシだかんね!」とおどけて言う高尾くんに、緑間くんは余計に呆れていたみたいだけれど。
私は高尾くんの背中を見つめてダメだなあ、と思っていた。
このひとといると、どんどん彼のことを好きになってしまいそう。
そんな予感があった。
予感は的中して、体育館に着いたものの私は声を掛けられず、コート内を駆け回る高尾くんの姿を見つめていた。
自主練習をしている最中なのだろう。
人数が集まったのかミニゲーム形式で試合を行うなか、パスを丁寧に拾っては次に繋げる高尾くんの手つきは鮮やかで見惚れてしまう。
体育館の出入り口のところで試合の経過を見守っていると、シュートを決めて先輩とハイタッチを交わした高尾くんと不意に目があった。
どきりとして目を逸らすより早く、彼が無邪気な笑顔でピースをしてみせた。

「見てくれてた?」

なんて、彼の声が聞こえるような錯覚に陥る。
驚いてぱちぱちと瞬きをする私の視線の先で、高尾くんは同じチームの先輩に小突かれていた。
まだ試合中だ集中しろ、といった内容のことを言われているのがわかった。
残り時間の少ない試合は相手チームの緑間くんが入れたシュートにより逆転されて、高尾くんのチームが負けてしまった。
私へのよそ見について、試合後に明るい茶髪の先輩からこっぴどく叱られたらしい高尾くんを見ているのはハラハラしたけれど、彼は片付けと説教をそこそこに私のもとへ走ってきた。
私の手を取って、耳元で小さく囁く。

「ごめんな、今日は時間ないと思って行かなかった。…誘いに来てくれたんだ?」

うなずくと、高尾くんは幸福そうに目を細めた。
「すげー嬉しい」と、言葉をこぼす。
まっすぐで屈託のない彼の言葉に私はくすぐったい心地になった。

「あんまり時間ないけど。中庭行こう」

先輩たちの視線から逃げるように、高尾くんは私の手を引いて歩き出した。
緑間くんに私のことを堂々と紹介したときと違って、どこか照れ臭そうにする姿を新鮮に感じる。
中庭に着くなり、高尾くんは芝生にごろりと寝転がった。
その隣に腰を下ろしてお弁当を広げる私に対して、彼は途中で買った紙パックのジュースを啜っていた。
ぽつぽつと言葉は交わしたものの、朝練に加えて昼の自主練習もこなした高尾くんはうつらうつらとしていて、意識して話し掛けるのを控えていたらそのうち穏やかな寝息が聞こえてきた。
食べ終えたお弁当箱の蓋を閉じ、私はその寝顔をまじまじと見つめた。
口が少し開いていて、穏やかな呼吸とともに肩が上下する。
その様子が普段より子どもっぽくて、珍しいものを見たような得をしたような気分になった。
ざあ、と強い風が吹き抜けて私は辺りを見渡す。
昼休みも残りわずかなせいか人気はなく、日光だけが静かに周りを暖めていた。
ここが学校のなかであることを忘れるくらいには中庭は平穏な場所で、私と高尾くんは二人だけで太陽にぽかぽかと照らされる。
風で芝生の上を転がってきた桃色の花がすぐそばにあって、手に取って眺める。
花を持ち上げた指先の奥には相変わらずすやすやとよく眠る高尾くんの姿があって、あまりに平和だったからだろうか、少しだけいたずら心が湧いた。
座る位置をずらして近付くと艶のある黒髪が風に揺れている。
それに軽く触れてみても起きる様子がないので、私は辺り一帯に落ちていた花を拾い集めた。
耳の上あたりの髪をかき上げ、そこにいくつかの花を差し込む。
微笑ましい姿に思わず笑ってしまうと、高尾くんは目を覚ましたようだった。
目をこすり、慌てたように身を起こす。

「…あれ、ごめん。寝てた?」
「うん」
「名前、どうかした?」
「うん?」
「すっげえ幸せそうな顔してるから」

不思議そうにこちらを見つめる高尾くんの髪に桃色の花が飾られている。
指差すと、彼は何が起こったのか察しがついたようだった。

「似合ってるよ、高尾くん」

先ほどと変わらない微笑ましい気持ちで話す私の声は、なんて甘ったるいんだろうと思った。
高尾くんが手のひらを髪に差し込むと、はらりと桃色の花が落ちていった。
その様を眺めたまま視線を上げずに彼が一度深呼吸をしたので、もしや怒らせてしまったか、と途端に焦る気持ちが出てきた。
そんな私の予想に反して、高尾くんは実に柔らかい声でその四文字を口にしたのだった。

「かずなり」

かずなり、とは。高尾くんの名前だ。
私を見つめる瞳が何を欲しがっているのか、気付いてしまったらもう高尾くんとは口に出して呼べなくなってしまった。
澄んだ視線と声音で高尾くんが言葉を重ねる。

「和成、って呼んで」

予想していたとおりの台詞に、私は暫し口を閉じる。
自分が欲しがることも相手が欲しがることも、惜しみなく言葉にできる彼は素敵だ。
そういう人だからますます好きになってしまうし、その気持ちに応えたいと思うようになった。
彼を見習って一度深呼吸をするのを、高尾くんは優しい眼差しで見てくれていた。
やっとのことで、和成、と、その名前を口にすると、さっきよりも幸福そうに笑んだ高尾くんに腕を引かれた。
ぎゅっと抱き寄せられて、私はその幸福に包まれたような心地になる。
日なたにいて暖かい光をいっぱいに受けた彼からは、ふわふわと柔らかい太陽のにおいがした。


20130925
title by icy
黄昏様に提出


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