小さい頃に和成くんとお姫さまの話を見た。
お姫さまは王子さまのキスで目覚めるんだって、今となってはおとぎ話の世界でしか通用しないと分かっているけれど、当時の私は目を輝かせてそのアニメ映画に見入っていた。
繰り返し繰り返し、台詞や展開を覚えてしまっても見飽きることはなくて、幸せな結末とエンドロールを見届けたあと、私は決まって口にした。

「私のところにも王子さま、くる?」

お母さんは必ず「名前のところにもちゃんとくるわよ」と、優しく頭を撫でてくれた。
私が撫でられている心地よさに目を細めているとき、和成くんは勢いよく立ち上がって私のそばまで走ってきた。

「オレも王子さまになれるかな!」

隣でお母さんを見上げる和成くんの目はきらきらと星が散っていて、綺麗なそれが好きだった私はにこにこして和成くんを見ていた。
和成くんの口調はいつも力強くて、尋ねるように見せかけて確信を得たいという自信に満ちていた。
だからお母さんは笑顔で頷くに留めて、同じように和成くんを撫でた。
満足そうに笑って、和成くんは私の手をいつもぎゅっと握った。

「オレが王子さまになって、名前を迎えにいくからね!」

私が言う王子さまはいつだって和成くんのことだったし、和成くんは王子さまになってお姫さまの私を助けに行くと信じていた。
いま思い出すと、なんだか幼くて恥ずかしい。
小さい頃は空想めいた話だって本気にしていたし、叶わないことは無いと思っていた。
愚かしいけれど優しくて甘い思い出は私と和成くんのなかに失われずあり続けている。





目を閉じていた。
浮かぶ意識で最初に感じたのは、変な体勢で寝てしまったせいで節々に鈍く響く痛み。
私はまた、彼を待っている間に眠ってしまったらしい。
ちょうどタイミング良く、教室の戸がガラリと開く音が聞こえて、廊下から流れてきた風がひゅうと瞼に吹きつけた。
「あれー?」なんて声がして、目を開けていなくても首を傾げる姿は想像できた。

「また、こんなところで寝て」

足音が近付いて、私の前髪をかき分ける指先を額に感じた。
昔なら私を「眠りの森のお姫さま」と言って抱きしめてくれた和成は、格好良く成長して容姿は王子さまに近付いたはずなのに「ねぼすけ」と、意地悪く言って笑った。
起きて反論してやろう、と微睡む意識が覚める前に、和成が不意に唇を寄せて、耳元でくすぐったく囁いた。

「起きないとちゅーしちゃうぞー」

ぱちっと目を開いた先では、和成が余裕そうに微笑んでいた。
本気でないことはよく分かっている。
ただ、その言葉は幼い頃の口約束を思い出させた。

「ちゅーしたら駄目」
「なに、オレより真ちゃんの方が良かった?」
「うん」
「傷つくなー」

お互いに心にもないことを口にする。
それを察することができないような仲ではないし、双子の姉弟として共に過ごしてきた年月は語り尽くせない。
差し出された手を握って、教室を後にした。
歩む道は同じ、目指す家はひとつ。

「王子さまっていうよりはナイトって感じだよね」

少し高い位置にある肩を見つめて言えば、振り返った和成は暫しきょとんとした。
私たちの瞳は色も形もよく似ている。
和成の方がちょっとだけつり目だ。
記憶のなかから答えを引き当てたようで、彼は得意気に笑った。

「王子さま以上にお姫さまのそばにいる騎士様も悪くないだろ」
「あ、覚えてた」
「覚えてるって」
「もう王子さまはあきらめたの?」
「あきらめた。っていうか、別になる必要がないって分かった。それに、家来はいつだってお姫さまのことを思ってるんだぜ?」

健気だろー、と和成はけらけら笑う。
彼に似つかわしくない健気という単語に苦笑いを返すと、彼はふと真面目な表情を作った。
私を見下ろす視線は優しい。

「オレは本気で名前の幸せを願ってるよ。頼むから、王子さまは慎重に選んでくれよな」

そう言って、頭を撫でてくれる手のひらはお母さんとは似ても似つかない。
大きくて、時に照れ臭そうに躊躇うことがある、けれど私の手を離しはしない手のひら。
私はまだ、和成の隣が心地いい子どもでいたくて、素直に彼の言葉に頷く。

20130909


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