「ばっかだな、お前。卒業するわけじゃねーんだし、クラス隣だろ?いつでも遊びに来いよ」

福井が私にそう言ってくれてから、一ヶ月と少しが経った。
もう五月も後半だけれど、四月の始業式のことはよく覚えている。
この寒い寒い秋田では四月に入っても春の気配なんて感じられなくて、慣れた心地で制服の下にカーディガンを羽織って学校に行った。
その朝、クラス替えの掲示板の前で棒立ちになる私の横を、女の子たちが通り過ぎていく。

「今年も一緒だねー」
「安心したー」

新入生ならば、新しいクラスはどんな雰囲気だろう、と。
先輩となる立場の人ならば、新入生はどんな子たちだろう、と。
学校じゅうが始まりの季節にふわふわと浮かれているのに、私だけがどん底の気分でいた。

福井と同じクラスじゃなかった。
どうしてか、それがあり得ないくらいショックで、私は掲示板の前で足を止めてしまったのだ。
福井とは一年生と二年生の時、同じクラスだった。
彼は楽しい人だった。
口は悪いが、人が悪いわけではなく、何かとちょっかいを出してくるのは面倒見の良さの表れだったりする。
彼しか友達がいないなんてことはなかったのに、なぜだろう。
今年のクラスには私が一番仲良くしている子もいるのに、どうして寂しい気持ちになるんだろう。
ひゅるり、とまだ冷たい風が吹き抜けていって、私はとても心細さを感じた。

「…やだな」

小さく小さく呟いた次の瞬間、背中にどすっ、と重みと衝撃があった。
びっくりして振り返る間もなく、視界の端を金髪がちらついて、私は安堵した。
福井が、ちょっと雑な感じで肩に腕を回してくるのはこれが初めてではないのだ。

「おーす。なに突っ立ってんだよ」
「うん、ちょっとね」
「なんだどうした」
「ね、福井。今年私たちクラス違う」

久しぶりに会ってみても何も変わらない様子の彼は、私から掲示板へ視線を移すと、言わんとしていることを察したようだった。
福井は「ふうん」と言うなり、私の背中をぽんと叩いた。

「ばっかだな、お前。卒業するわけじゃねーんだし、クラス隣だろ?いつでも遊びに来いよ」

それまで、確かに私の心はどん底だったはずだ。
しかし、よくよく考えてみれば福井の言う通りで、私は彼の明るい考え方を聞いた途端、今まで自分が何に悩んでいたのか分からなくなってしまった。
福井が隣にいて、何でもないように肩を叩けば、万事大丈夫な気がしてくる。

「ほんとに遊びに行くよ?」
「おー、来い来い」
「しつこいくらい遊びに行っちゃうんだから」
「構わねえよ」
「福井大好き!」
「おいこら!やめろ」

なんだか嬉しくなって、私はいつもじゃれあうように福井に飛びつく。
やめろと言うが、福井だって笑っていて、私を無理やり押し退けたりはしない。
そこにたまたま、通りすがりの福井の後輩、劉くんがやって来て私たちを見てこう言った。

「お前ら、なんでそれで付き合ってないアルか」
「友達だからね」
「友達だからな」

ぴったりと声が重なる私たちに、劉くんは理解できないと言いたげに頭を振ったのだった。





今は五月。
新入生たちもだんだんと学校に馴染んできた様子でいるのを廊下で見かける。
私は宣言通り福井のクラスに入り浸ることが多かった。
そうしていて気付いたのが、彼が案外後輩女子にモテるということ。
福井のクラスに行くと、たまに遠巻きで教室を眺めている女の子たちを見かけるのだ。
最近で驚いたのは、昼休みの渡り廊下で見かけた出来事。
校庭が見える側に、ギャラリーと呼ぶには少ないが、通りすがりにしては多く感じる人数で、新入生らしき女子たちが集まっていた。
一体何を揃って見ているのか、と興味本位で立ち止まりかけた時。

「福井せんぱーーい!」

すぐそばの女の子がよく知る名前を叫んだので、びっくりした。
校庭にいる福井は、金髪のせいで結構目立っていた。
友人とサッカー紛いの遊び途中、大声で名指しされた福井は驚いたように辺りを見渡して、こちらの集団に気付くと控えめに、本当に控えめに手を上げた。
途端、きゃーっと嬉しそうに叫ぶ女の子たち。

「見た!?かっこいいー!」
「優しいー!」

一部始終を見届けた私は、なんだかもやもやとしていた。
関係ないや、と止めていた足を動かすものの、歩調がどんどん早くなる。
さっきの福井は社交辞令的な仕草だったし、女の子たちの勢いにずいぶん戸惑っていたように見えた。
そうか。あの子たちはそれに気付いていないのか。

「へえ、ほー、ふうん」

誰が聞いているわけでもないのに、そんな相槌をしてしまう。
つまんないの。面白くない。
自分のクラスに戻ってみて見渡しても、あの目立つ金髪が見つかるはずもなく。
福井がいない今年の教室は、なんだか色がなくなったみたいに平凡だと改めて思ったのだ。





それから一週間くらいして、帰り道の下駄箱で福井とばったり会った。
昼休みにはバスケ部のミーティングがあったらしく、その日は朝から顔を見ていなかったので、久しぶりに感じた。

「おーす。今帰りか?」
「なにそれ」

思わず福井の質問を無視してしまったのは、彼があまりに大荷物だったからだ。
ギリギリ顔が見える程度、という感じで大量の紙袋やらお菓子の箱やらを抱えている福井の姿はどうしても目立った。
私に指を差された彼は、不可解そうに首を傾げている。

「あー…なんか集団で渡された」
「プレゼント?」
「らしい」

この男は、相変わらずよくモテる。
巷で噂の氷室くんほどではないものの、日が経つにつれて彼の周りには人が増えていっているのだ。
離れてみて、ようやく彼の周囲のことが見えてきた。
福井は相変わらず優しいのに、私と仲良くしてくれるのに、四月の時より寂しく感じる。

「ねえ福井」
「ん。なんだよ」
「この前、昼休みに女の子から声援もらってたでしょう」
「…そんなことあったな。それが?」

福井が、なぜ今その話題なんだと言いたげな顔をするから。
もどかしくなって、私は一週間溜め込んでいたものを吐き出してしまう。
自覚していなかったものを自覚する時が、来る。

「あの時から、ずーっともやもやしてる。面白くないの。福井が女の子に人気があるから」

「これってつまり、私、福井のこと、」

そこまで言いかけたところで、ばさばさ、と大量に何かが落ちる音がした。
言葉を切って見やれば、真っ赤な顔をした福井の足元に、先ほどのプレゼントがすべて落ちている。
どちらを心配してやるべきか迷った末に、私は彼の荷物に手を伸ばした。

「あーあー、何やってるの」

伸ばした指先は、数々のプレゼントに触れることはなかった。
ぱし、と私の手首を掴んだ福井の表情は俯いているせいでよく分からない。
次の瞬間、ぐんと視界が持ち上がって、少し爪先立ちのようになって、そこでようやく私は状況を理解した。
ぎゅっ、と福井に抱きしめられて、私は目をぱちくりとさせる。

「俺のことをどう思ってるって?」

聞いたこともないような低い声が耳元で聞こえてきて、息が止まるかと思った。
ただ呆気に取られていた状態から、だんだんと恥ずかしさに見舞われる。
厄介なのは、この状況を恥ずかしく思うだけではなく、ほんのちょっぴり、実を言うとかなり、嬉しく感じている自分だと思う。
これは違う。
いつもなら、福井はこんな風に私を抱きしめない。
これは友達相手にするようなことじゃない。

「ふ、福井」

懇願するように名前を呼ぶと、彼の肩からすこし力が抜けた。
私を落ち着かせるように、彼の手のひらが背中をゆっくり撫でていく。
ああ良かった。
彼の優しさは健在だ。

「頼むから、友達とは言うなよ。四月には嘘ついちゃったけど、俺もホントのこと言うから」

「お前が好きだ。友達としては、見てない」

福井の言葉は痛いくらいまっすぐで、私は手のひらをぎゅっと握りしめていたのをほどいて、彼の制服を軽くつまんだ。
そうした後も、返事は?というように彼の手が肩をぽんぽんと叩いてくる。
ふと、足元に散らばったプレゼントの数々が目に入る。
本当は、今日が彼の誕生日だって、きちんと覚えていた。
けれど、友達として当たり障りのない贈り物をすることでさえ、嘘のような気がして今年は出来なかったのだ。
好きという返事をしたら、彼の欲しいものを一緒に探しに行こう。
もしかしたら、彼はもう十分だと言うかもしれない。
そんな予感が、する。

20150523
Happy birthday


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