デートの真っ最中だというのに健介の機嫌が悪い。
彼がのたのたと足取り重く歩くものだから、女子としては比較的歩くのが速い私とは距離が生まれてしまっている。
振り返ると、ばっちり目が合った。
健介は一瞬だけ目を見開いてから、そっと視線を逸らす。
どうしてそんなに機嫌が悪いのか、心当たりがないわけではない。
むしろ原因は、よーく分かっているのだ。
秋田という土地は、県民が休日に行くようなスポットが限定されている。
簡単に言うなら、出掛けた先で知り合いに会う確率がとても高い。
私はついさっき巡り会った後輩男子のことを思い出す。
たまたま彼から借りていたCDを持っていたから、返却ついでに呼び止めてほんの少し会話をした。
ほんの少しだと思っていたのだが、彼に別れを告げてから見た健介は、あからさまに面白くなさそうな顔をしていて。
わざわざ言葉にはしないものの、あまりにも分かりやすい彼氏の嫉妬に、私はあえて言及しなかった。
それからずっと、健介はのたのた歩いているのだ。

「ねーえ、健介」
「なに」
「隣においでよ」
「……いい」

間延びした調子で話す私に対して、健介は堅い声を出すだけだった。
拗ねた恋人というより思春期の息子を相手にした母親のような心持ちになる。
そう、私は今の状況にまったく不安を抱いてない。
面白がってすらいるかもしれない。
何故ならば、普段は気遣い屋である健介が、私には分かりやすく感情を読み取らせるところが可愛いと思うから。

「なに怒ってるの」
「べっつに怒ってねえよ」
「じゃあ聞き直すけれど。なんでそんなに妬いちゃったの」
「…やなやつ」

はっきりと言葉にして笑みを浮かべながら尋ねると、健介は本当に嫌そうな顔をした。
そのしかめっ面はどう考えても恋人に向ける顔ではない。
ショッピングモールの喧騒のなか、わずかに距離が離れている上に表情が正反対のものである私たちは、恋人どころか連れ添いにすら見えないかもしれない。
それは少しさびしいと思う。
踵を返して歩み寄ると、腕を取られて健介にぎゅっと引き寄せられた。
お互いにきっちりと防寒対策済みの服装をしているために、実際には「ぎゅっ」より「もふっ」という感じだった。
私は何度かまばたきをした。
人前では手をつなぐことさえ躊躇う健介が。
いくら休日の人だかりが私たちを気にかけないとはいっても。
いささか大胆な行動をしている。
成長したなあ、嫉妬ってすごいなあ、などと悠長に考えていたら、私の余裕綽々な態度を察したらしい彼が低い声を出す。

「ちったぁ狼狽えろ」
「えーやだー」

だって、こんな健介は貴重だ。
なかなか有り得ないシチュエーションに有り難みを感じてしまう。
私が本気で茶化していないと分かっていても、やはり健介は面白くないらしい。
ごづん、と頭に鈍い衝撃があった。
拳ほどは痛くないそれは、健介が私の頭にあごを乗っけてきた証拠だ。
構ってほしいのに私が相手にしない時、彼はよくこういうことをする。

「お前が氷室と話し込んだりするから」
「あ、やっぱりそれなんだ」
「他にないだろ。さっき寄ったショップでも借りたCDのアーティストばっかり見るしよぉ」

頭上の彼が、不機嫌ですという声音でうだうだと話す。
顔は見えないけれど、ぶすくれている様子がいとも容易く伝わってきて、笑いを噛み殺す。
恨み役にされてしまって、氷室くんには悪いことをしたかもしれない。
しかし彼なら笑顔で、「構いませんよ。お二人が仲良しそうで何よりです」とか何とか言いそうな気がする。
そういうところが男前だ。
私は一つ思い出し、頭上の彼の名前を呼ぶ。

「健介さあ」
「あ?」
「私より先に氷室くんに気付いてたでしょ。でも言わなかった」

目線より少し上にあった喉が、うぐっ、と言葉に詰まったように揺れた。
どうやら図星だったらしい。
何てったって、私は会話に曖昧な相槌を返す健介の視線を追って氷室くんを見つけたのだ。
健介は私より先に彼の存在に気付いていて、あえて言わなかったに違いない。

「だっ、て、なあ!お前がなんだか一生懸命に話してる途中だったし、部活で毎日顔合わせてる後輩にわざわざ挨拶することもねえかなって思って…わ、悪いかよ」
「いや?全然悪くないと思う」
「嘘つけ!どーせオレはやな先輩だよ。氷室は関係ないのに情けなく嫉妬して、私服のお前を他の奴に見せたくなかったとか、理由になんねーし!」

つらつらと話し出した健介に、ああこれは鬱憤が溜まっていたんだなぁと黙って話を聞いておく。
私たちの関係に不安も悩みも口にせず、内心ではいろんなことに傷付いたり慌てたりしているのかもしれない。
私の心情はともかくとして、健介の自己嫌悪の方が根が深い。
本人は大人気ないことをしたと思っているのだろう。
未だに私を抱きしめて離さない健介の髪を撫でやる。
ちくりとする金髪は少し傷んでいた。

「健介」
「…んだよ」
「人間とは身勝手なもので、恋人限定でそういう嫉妬をされると嬉しいものなんだよ」
「ただのワガママだろ。心が狭い証拠だ」
「私が知ってる健介は、こんなことでうじうじしないと思うんだけどな」

フォローを入れると、ぱっと肩を掴んで距離を作った健介が「わりぃ、」と小さく謝った。
何に対しての謝罪なのか。
健介の表情ははっとしたようでいて、負の感情は窺えなかったので少し安心した。

「確かに、今のオレは全然らしくないよな」
「うん」
「嫉妬して悪かった。危うく今日がつまんない一日になるところだった」
「いいえ、大丈夫ですよ」
「よしスッキリした。もう離れんなよ」

引きずることが自分らしくないと気付き、きっぱり言うのが正しいと思い直した健介の行動は潔かった。
一言の謝罪を入れると、私の手を取り、何事もなかったように歩き出す。
清々しいほど、さっぱりとした気質である。
だからこそ私は彼のやきもちを有り難がるような思いをしたのだけれど、やはり一番は健介が笑顔でいることだ。
のたのた歩くことをやめて、いつも通り私を連れて姿勢良く歩く背中に小さく言ってみる。

「プレースタイルはアンセルフィッシュとまで言われた、あの健介が嫉妬ねえ」
「うるせえ!」

すぐにこちらを振り返った健介は、痛いところを突かれた表情では決してなく、晴れやかに笑っていた。
彼なりに自分の嫉妬心を認めているらしい。
たまになら思いっきり妬いてくれてもいいのよ、そう言いかけたいたずら心は、健介にもう少し余裕ができるまで仕舞っておく。

20140319


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