「緑間は孔雀だと思う」

私がつぶやいたその言葉に、高尾くんを含めその場にいた全員が納得したふうに手を叩いた。
それだー!とか、なるほど!とか大きな声で騒ぐ男子も数人いるなか、教室の後ろ扉がガラリと開いて、緑髪の彼が窮屈そうに通って戻ってきた。
話題の当人が来たと言いたげに、さわさわと落ち着かなくなる彼らに眉間のしわを隠すこともなく緑間は言う。

「…何の騒ぎだ」
「よっ、真ちゃん。おかえり〜」
「ゴミ捨て当番お疲れさま」
「高尾、名字。いいから質問に答えるのだよ」
「いやね、自分を動物にたとえるなら何かって話をしててさ〜。名前ちゃんがあまりに的確に真ちゃんを言い表したもんだから!」

高尾くんの言葉につられるようにして彼がこちらを向くので、私は手のひらで緑間を指し示してクラスメイトに再度繰り返した。

「緑間は孔雀だと思う」

その途端、どっと彼らが沸く。これで二度目だ。
高尾くんなんかは、「マジ的確!もう緑間が孔雀にしか見えねー!さっすが彼女の考えることは違うわー」などと言いながらお腹を抱えて笑っている。
笑いにむせび泣くか喋るか、どっちかに専念すればいいのに。
忙しそうな高尾くんに対して純粋にそう思えば、賑やかなクラスメイトの輪とは裏腹にしかめっ面をしている緑間に気付く。
特に何かを言うこともなく、鞄を持ってさっさと教室を出て行くので、私は彼について行った。
大股で歩く長身の緑間に追いつくような歩き方はなかなか疲れる。

「どこに行くの」
「付き合ってられん。部活に行く」
「怒ってるの?」
「…見損なったぞ。お前らはその場にいない他人を話題にああも盛り上がれるのか」
「緑間を褒めたんだよ」
「お前はそのつもりだったかもしれないが…」

そこで私が小走りに追いかけていることに気付いたらしく、緑間はわずかに眉間を緩めて歩調も合わせてくれた。
彼のことを見上げて話しやすくなる。

「みんなだって、別に笑い物にしていたわけじゃないよ」
「あの高尾の馬鹿笑いを見ただろう。お前はあれを見ても同じことが言えるのか」
「高尾くんのツボが浅いのは今に始まったことじゃないでしょ。緑間は気にし過ぎ」
「気にしてなどいない」

そう言いながら、むすっとした表情を作るのだから説得力がない。
クラスメイトの軽口さえ受け流せない気難しさを持っていることは知っていたけれど、ここまでだったとは。
そんな彼も高校入学当初に比べればずいぶんと物腰が柔らかくなったということを、知らない人は多い。

「孔雀は嫌だった?」
「は?……いや、そういう問題ではないのだよ」

私は本気で、緑間を動物にたとえるなら孔雀だと思った。
考えた末の発言が発端で彼が機嫌を損ねたのなら、私が謝るべきだろうか。
そう思ったものの、緑間は意表を突かれたように目を瞬かせるだけだった。
クラスメイトは見た目が派手だとか豪華だというイメージで、孔雀という意見に賛同していたらしいが、私の見解は少し違う。

「孔雀は雄の方がきれいなのは知ってるよね」
「ああ」
「それはなんだか私たちみたいだな、と」
「……」
「深い意味はないよ。単に緑間は、私にはないものを数え切れないくらい持ってるから」

話の途中で、こちらを嫌そうに見下ろしてきた緑間に弁解をする。
彼は謙遜や自虐を良く思わない性分なのだ。
翡翠の飾り羽根はさらりと癖のない彼の髪のようで。
凜とした佇まいも、彼のすっと伸びた背筋に似ている。
目に焼き付いて離れない存在の強さも、とても彼らしいと思ったのだ。

「緑間、知ってる?孔雀って飛ぶんだって」
「あんな重そうな鳥が飛ぶのか」
「短い距離なら飛べるらしいよ。その姿は火の鳥みたいで、本当にきれいだって話」
「…そのことと、さっきの話に何の関係がある?」

あんなにきれいな鳥が空を飛ぶという。
それならば、もう敵うものは他に何もないんじゃないか。
そう考えてしまう私は単純だろうか。
なんだか難しそうな顔をしている緑間の袖を軽く引っ張る。
制服が伸びるからと彼はこの仕草を嫌がるのだけれど、私はつい癖でやってしまう。

「孔雀は私が一番好きな鳥なんだ。それでも駄目?」
「だから駄目という話じゃ…ああ、もう。それでいい、好きにしろ」
「渋々言ってない?無理しなくていいよ」
「無理などしていない。別に怒っていないから、その気遣わしげな態度をやめるのだよ」

複雑そうな顔をした緑間が、私の頭を撫でた手のひらは少し投げやりな気がした。
それでも、きちんと髪を乱すことのない手つきには性格がよく表れている。
彼の口からため息が漏れたが、そこに悪い感情は含まれていない。

「お前には敵いそうにないな」
「私も緑間には勝てないなぁ」

ならば、お互い様か。
つぶやいた緑間の口端にようやく笑みが浮かぶ。

20140112


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