彼女は朝に強い。
休日に目が覚めて隣が空っぽというのは当たり前で、寂しく思うことも珍しくない。
彼女とは対極にオレは朝が弱いから、仕方のないことだと思っている。
今日も枕にうつ伏せたまま手のひらで探ってみるけれど、すぐ隣に大好きな温度はなかった。
二十分ほど眠気と闘ってからようやく身を起こすと、きちんと整えられたシーツだけが目の前にあって、自分がとてつもなくだらしない人間であるかのような申し訳ない感覚を覚えた。
寝間着のまま部屋を出る。
階下からうっすらと人の気配がして、ふらふらと無意識のうちに階段を下りていた。
リビングに入ってすぐ見えるソファーに、名前はいた。
最近買ったという好きな作家のハードカバー本からふと顔を上げて、視線が合うと彼女はにっこり笑った。

「あ、起きた?」
「…うん」
「ふ、っふふ」
「なんで笑うんだ」
「声低いから。眠たそうだなぁって」

彼女が本を閉じたことに少し安心していると、歩み寄ってきた名前が小さい手を伸ばす。
「寝癖ついてる」と笑う彼女の髪は乱れもなくなめらかで、身なりもきちんと可愛らしくて。
比べて、自分ときたら寝間着のままでボサボサの髪だという体たらく。
微妙に居心地の悪い気持ちで、けれども心地良い手つきにぼんやりしていたら「立ったまま寝ないで」と肩を叩かれた。
気持ちいいから、目を閉じていただけなのに。

「もう少し早く起きようよ」
「まだ八時じゃないか」
「私は二時間前に起きてたけどね」
「勘弁してくれ…」

唸るように言うと名前はとても楽しそうに笑った。
その緩んだ表情が見たいから、オレが優位に立てないのもまあ悪くないかなとか、思ってしまう。

「朝ご飯もうできてるんだよ。メインを作っちゃうから顔洗ってきて」

彼女は本当にしっかりしている。
しかし、そのよく出来たところがたまに置いてきぼりにされるような気分を生み出すので、悔しくなってキッチンに向かう彼女を引き留めた。
驚いたように振り返る彼女を引き寄せて腕のなかに閉じ込める。
柔らかい髪が揺れる向こうには、サラダや冷製スープがテーブルに既に用意されていた。
休日までそんなにきちんとした振る舞いをしなくてもいいのに、とは自分が割とだらしない部類の人間であるから思うのかもしれない。
その髪に頬をこすりつけ、耳の近くまで唇を寄せてささやく。

「オレは朝ご飯より二度寝がしたいな」
「…もう十分寝たでしょう」
「のんびりしたい気分なんだ。名前に隣にいてほしい」

子どもを諫めるような口調に甘えた声音で反抗すれば、腕のなかの名前はちょっとの間黙り込んだ。
返答を催促するようにうなじ辺りの髪を指先でかき分けると、途端に腕から逃げ出した彼女がオレの胸を軽く叩く。

「もう、やめて。早く用意してきて。待ってるからね」

早口に言い切ったあと、名前はさっさとキッチンの奥に引っ込んでしまった。
名残惜しいような気もしたけれど、真っ赤な顔で強がる姿はこの上なくいじらくて幸福な気分になったので、素直に用意をすることにした。
冷たい水で顔を洗うと、どこかぼんやりしていた思考がすっきりとしてくる。
身支度を整え、最初に二階から下りてきた時とは比べ物にならないくらいしっかりとした足取りでリビングへ戻った。
席に着くのとぴったりのタイミングで、名前が目の前に皿を運んでくれた。
オレの好きな、彼女が作ったフレンチトースト。
好物を作ろうと思いながらオレが起きてくるのを読書して待ってくれていたのかと思うと、ついさっきの駄々が恥ずかしいものに思えてくる。
あれこれ考える自分の面倒な性は自覚しているつもりなので、反省はひとまず朝食をいただくことにした。
向かい側には、同じように皿を運んできた彼女が座る。

「いただきます」
「どうぞ召し上がれ」

甘過ぎない、ふわふわのフレンチトーストはやはり美味しかった。
彼女も上機嫌そうにサラダを口に運んでいる。
半分くらい食べ進めたところで、ふと思いついた提案を口にした。

「名前、どこか行きたいところはある?」
「どうしたの、急に」
「たまには出掛けるのも悪くないかと思って」
「珍しい。出不精の辰也がそんなことを言い出すなんてね」
「…朝からあまりいじめないでくれ」

反論はできなかったので、痛いところを突かれた返しは非難に転じた。
楽しそうに笑う彼女に、オレはめっぽう弱い。
優位に立つことなんて、一生できない気がするくらい。

「そうだね、辰也が上手に誘ってくれたら」
「本当に意地悪だな」
「ふふ、頑張って」

行儀が悪いと知りながら、食事中のテーブルを挟んで彼女の手を取った。
さっきまで料理をしていた働き者の手はじんわりと熱い。
穏やかな笑顔で言葉を待つ彼女に、精一杯の愛を。

「きみと、デートがしたい。どこへでもオレが連れて行ってあげる」
「辰也が行きたい場所は?」
「ない。強いて言うなら、名前と一緒がいい」
「うん。いいでしょう」

その時々でシチュエーションに違いはあれど、オレたちは休日のたびにこういった戯れを繰り返す。
戯れのようなやり取りが、安心と幸福を運んでくる。
感情のままに握った指先に頬ずりをする。
すると名前がはにかんだように笑うから、オレは一刻も早くこの家から彼女を連れ出したい気持ちになった。

20131222
恋人として、きみの隣を歩くために必要な約束事


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