レンズ越しだった視界を不意にやめて、私は断続的にボールの弾む音がするコートを直接見つめた。
寒々しい空き地で外気にさらされて、すっかり指先がじんわりとかじかんでいる。
カメラを下ろした先では男の子が二人、向かい合ってバスケをしていた。
二人でバスケ、と言うと揃って訂正されるのだが、確か「ワンオンワン」というらしい。
写真部の私には無縁の世界だと思う。
お出かけ用の簡易デジカメの画面を覗き込む。
先ほどから暇なので、この寒いのに汗だくで走り回る彼らを少しずつシャッターに収めている。
しかし、やはりスポーツを撮るというのは難しい。
すぐにブレてしまうし、ボールが手から離れた瞬間に撮ろうものなら、何の競技をしているか分からない代物になってしまうからだ。
ピ、ピ、と小さな操作音を立てながら何十枚とその写真たちを眺めていたら、名前を呼ばれた気がした。
次いでバンッと耳に痛い音を立ててボールが私のすぐ脇を跳ねた。

「あっぶね、わりわり」
「ぼーっとしてるからアル」

それぞれの反応がそれぞれ気に食わなかったが、駆け寄ってきた健介に拾ったボールを渡してやる。
きっと不満そうな顔をしていたのだろう、もう一つ「悪かったって」と繰り返し、彼は足取り軽やかにコートへ戻っていく。
健介はともかく、背の高い子は後輩じゃなかったか。私への言葉遣いに納得できない。
とっさに死守したデジカメをそろそろと取り出すと、どうにか無事だったようだ。
再び駆け回る彼らを小さなレンズを通して覗く。
健介は、決して背の低い方ではない。
それなのに大して体格が良くも見えないのは、筋骨隆々の主将含め他メンバーがぐんと高身長だからだろう。
試合を見に行って、味方にも相手チームにも埋もれる健介に驚いた記憶はまだ新しい。
もちろん彼より小さい私に言われたくはないと思うが。

「(あ、いい画)」

くっと膝を曲げ、ゴールに狙いを定めて、健介の視線がぎゅっと強くなる。
バスケではシュートの瞬間が撮っていて楽しい。
形作る姿勢、腕のライン、力強く構えた脚。
全てがきれいだと思う。
けれどシャッターを押したわずか後に、彼のボールは余裕で後輩に叩き落とされた。
本気で悔しがっている健介とは裏腹に、私は意気揚々と写真を確認する。
とてもいい構図で彼の姿が写っていた。
そうこうしている間にボールの音が止んだので、どうやら試合は終わっていたらしい。

「ちくしょー僅差負けかよっ」
「そもそも守り主体のチームで一対一って微妙アル」

やいのやいの言いながら二人がこちらにやって来て、私の隣に健介がどっかりと座り込んだ。
覗き込む彼にさっきのデータを見せてあげると、「写真ではキマってんだよ、写真では」と複雑そうな表情をする。
既にベンチは私と健介でいっぱいなので、立ちっぱなしの後輩一人が水を一口飲み、私に言う。

「ってか自主練になんで彼女がついて来るアルか?」
「逆よ、逆。健介が私にデートしようって言ったの。あなたが邪魔者なの」
「なんだよお前ら。仲悪いな」
「誰のせいで…」

最後の一言が後輩の子とかぶった。不覚にも。
お互いに居心地悪く目線を逸らすものの、健介は一人何でもなさそうにしていた。
どうせなら氷室くんや紫原くんという子を連れてきたら良かったのに。
少しだけ試合後の彼らと話したことがあるけれど、一番背の高い子はどこかぼんやりしていたし、整った顔立ちの子はとても丁寧だった。
クセのあるこの彼よりは付き合いやすい気がする。
以前ぼやいたら、「その人選で練習とか、俺を潰す気かよ」と苦い顔で返された。

「じゃ、用が済んだからさっさと帰るアルよ」

言うなり、無表情で荷物を片付けた彼は本当にさっさと退散してしまった。
いつも能面みたいな顔をしているので、真意は計り知れない。
私は一応彼からすれば先輩なのだし、先輩二人が寄ってたかって後輩を除け者にしているみたいで気を悪くしただろうか。
彼の後ろ姿に軽く手を振っていた健介が横目で私を見やった。

「なぁに黙ってんだよ」
「うーん、少し」
「お前気にしぃだからなー。別に心配することなんてねぇって」
「そうなの?」
「あいつそんなヤワな奴じゃねぇし。さてはお前、意外と劉のこと気に掛けてんだろ」
「…それはない」
「はは。ま、仲良くしてやってくれよー。休日に後輩とバスケやって、彼女と一緒で、オレは楽しいんだから」

のんびりと言い放つ彼が汗で張りついたシャツをおもむろに脱ぎだしたので、私はぶるるっと震えた。
むき出しの肌は見ているだけで寒い。
私たちが住む地域では、季節に関わらず気温を舐めてはいけない。
試合中は彼ら二人の全身から白いもやが立っていたくらいなのだから。
素早く新しいシャツに着替えた彼は次々と衣類を纏い、来たときと同じ格好になった。
マフラーは私がぐるぐると巻きつけて、後ろで結んであげた。
健介は近くの自販機まで歩いていって、磁気カードをかざしてボタンを二回押していた。
細々とした小銭を持ち歩かないところに性格がよく出ていると思う。
戻ってきた彼が缶の一つを手渡してくれた。
彼は温かいコーンスープ、私は冷たいオレンジジュース。

「お前いつもそれだな。寒くねぇの」
「好きだからいいの」
「毎日だもんなー。…あ、だからか」
「何が」
「抱きしめるといっつも甘い匂いがするよ、お前」

返事の代わりに缶を頬に押しつけてやると「冷てぇ!」と悲鳴を上げられた。
いきなり何を言い出すのか、この男は。
腹が立ったので、間の抜けた表情を素早く取り出したカメラで撮ってみた。
一瞬の出来事に驚いたのもつかの間、健介がやかましく吠える。

「うわ、ぜってー変な顔してた!おい消せ!」
「そりゃ消すよ。健介の写真全部取っておいたら容量が大変なことになるから」
「…お前、彼氏の写真をそんなあっさりと」

本気で戸惑っているみたいなので、削除決定の一つ手前の画面で私はデジカメの電源を切った。
途端に安心したように笑うから、普段いじり役の彼をいじるのはやめられない。
私の言葉に潜んだ、それだけ健介の写真が多い、という事実には気付かれなかったようだ。
安心したような、残念なような気持ちでいると、ふと思い出したように彼がすいと手のひらを差し出す。

「ん」
「ああ、飲み物代ね」
「は?ちっげーよ、手つなぐんだよ。ほら」

言わせるな、みたいな呆れ顔をした健介がもう一歩距離を詰めた。
思わず鞄へ手を伸ばしていた私がもどかしかったらしく、ぎゅっと少し強めに指を絡められる。
当たり前だけれど、健介の方が温かい。
何度か確かめるように握って、彼が言う。

「本当に寒くねーの?」
「大丈夫だってば」
「まー、なんか言いたくなるっつか。心配?」
「心配なんだ」
「そうそう」

なんとなく目を伏せてしまう。
相変わらず包み隠さないな、この人は。
二人分の手のひらをじっと見つめたのち、健介は自分のダウンジャケットのポケットに手を突っ込んだ。
ベタだけれど、これが気に入りらしい健介はよく寒い時期にこうする。

「健介って、何かと手つなぐよね」
「なに、やだ?」
「いや、そんな健介が微笑ましい」
「オレのこと何だと思ってんだよ」

言い方が悪かったのか、若干ふてくされ気味な声だ。
そうじゃなくて、と誤解のないよう付け足す。
つい意地悪を言ってしまうこともあるけれど、素直に思っていることだって沢山あると、本人には知っておいてほしい。

「健介の手のひら、好きだよ」
「おう」
「いつも温かいし、落ち着く」
「ん」
「パス出すときとか、かっこいいよ」
「…あー、うん」
「ちょっと骨ばってるのも男の子っぽいよね。それなのに案外優しく握ってくるし、嬉しい」

だんだんと曖昧になった彼の相槌が、ついに聞こえてこなくなった。
視線を上げてみると、うっすらと赤くなった顔でうつむく健介がいて、可愛いなんて思ってしまった。
堪えきれない様子で彼がようやく掠れた声を出す。

「お前、なん…も、いいっつの。やめろ」
「照れてる?健介」
「照れてない。あー可愛くねぇ。お前なんて全っ然可愛くねぇよホント!」

片手で必死に顔を隠しながら、けれども片手は相変わらず私のと一緒にポケットの中。
そんな状態で叫ばれたって。
つい笑ってしまうと、ぱっと手を離されてしまった。
構わず、その頬に両手を伸ばして触れた。
ぴったりとくっつけると、彼の手よりさらに、じんわりと熱い。

「真っ赤だよ」
「うっせ」
「いい顔だなぁ。写真撮っていい?」
「撮ったら殴るわ」
「はいはい」


20121002

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