「オレ、高尾和成ってゆーの。あっちは緑間真太郎。同い年くらいじゃね?よっろしく〜」 「名字名前です。よろしく」 「タメ語でいいって!オレら、宮地サンの後輩なんだ」 「そうだったんだ」 にこやかに言われたのと同時に手を差し出されたので、私は高尾くんと握手をした。 目の前の彼と、奥で少し機嫌が悪そうにしている緑間くんを見比べて、名前と顔を一致させる。 名は体を表すとはよくいうけれど、緑間くんの綺麗な髪色を見て納得をした。 「高尾、そいつに触るとアホがうつるぞ」 私たちを眺めていた清志さんに、握手した手を力ずくで引き剥がされた。 少し驚いたけれど、辛辣なのは言葉だけで、表情は普段とそう変わらない。 顔を合わせた直後ほどは怒っていないようで安心する。 離された手をぷらぷら振って、高尾くんは苦笑いをした。 「宮地サン…今さりげなーくオレだけ痛いようにしなかったっすか」 「うっせ刺すぞ。そもそもなんでお前らがこんなところにいるんだよ」 「たまたま観にきた試合の会場がこの近くだったんですよ。そうしたら緑間の奴が本屋行くって聞かなくて、ここ入ったら偶然にも宮地サンに会った、と」 「本日のラッキーアイテムは最近発売された文庫本なのだよ」 「にしてもそれ今日だけで三冊目じゃん。ぶふッ、つか指定アバウトすぎ!さすがおは朝!」 「やかましい。オレは本の会計に行ってくる」 緑間くんは高尾くんに負けず劣らずマイペースらしく、先輩だという清志さんには目もくれずに本屋の奥へ歩いていった。 「マジ轢いてやりてーわ」と、清志さんが笑顔で言ったのは聞かなかったことにしよう。 「ま、立ち話もアレなんで」 本屋のすぐ近くのスペースに設置されたソファーを高尾くんが指し示す。 そこに渋々といった様子で腰掛けた清志さんは、額に手をやって重い息を吐き出した。 「こいつらに会わせたら絶対めんどくさくなるの分かってたのによ…サイアク。サイッアク」 「…清志さん大丈夫ですか?」 「あー、お前ののんきな頭よりは大丈夫」 「怒りますよ」 何が悔やまれるというのか、清志さんはあまりいい顔をしていない。 高尾くんと緑間くんにとってどんな先輩なんだろう、と思いをめぐらせても予想はできなかった。 清志さんの暴言に全然臆さないところを見るに、二人がなかなかの大物なのだろうと感じたくらいだ。 私たちを興味津々といった様子で見ていた高尾くんがずいと身を乗り出してくる。 それに対して、清志さんは少し鬱陶しそうにしている。 「さっきから気になってたけど、清志さんって。名前呼びだなんて、彼女さんっすか?」 「ちげーよ、そんなの世界の終わりだから。あとお前が清志って呼ぶんじゃねえよ」 「…あの。清志さんこそ私にひどくないですか?」 「うるさい黙ってろ」 何か失言をしそうだと思われたのか、私の言葉にかぶせられた制止に大人しく黙り込んだ。 こうして私に関していろいろと聞かれることを清志さんは嫌がっていたのだろうか。 気にすることもなく、高尾くんはなおも質問を続ける。 「彼女じゃないならー…あ、妹ちゃんとか?」 「このちんちくりんとオレのどこが似てるってんだよ?あ?」 「じゃあ友達!」 「こんなん友達じゃねえよ。オレにだって友人選ぶ権利くらいあるっての」 ぐさぐさと突き刺さる言葉が痛い。高尾くんと清志さんからの視線も痛い。 好奇心いっぱいの眼差しと冷ややかな笑顔との温度差に、居心地が悪くてうめいてしまった。 いつの間にやら会計を済ませて戻ってきていたらしい緑間くんは近くのソファーでおしるこ缶を片手に本を読んでいた。 何故おしるこ。 「えー…全然わっかんねー。んじゃこっちにも訊こうかなっと。ね、宮地サンとはどんな関係なの?」 「え?」 「実際どうなのよ、そこんとこ」 文句を言いたげな清志さんを背に、くるりと向きをこちらに変えた高尾くんが言う。 こちらをまっすぐに見つめてくる瞳は柔和な雰囲気を持っている反面、相手を見透かすように不敵に光って見える。 彼は、きっと出来合いの嘘じゃ誤魔化しきれない人だ。 「…私は、清志さんと一緒に」 一緒に暮らしている。健介さんと隆平さんもいる。 素直に教えていいものだろうかと清志さんを一瞬見やって、私は身体を固くした。 高尾くんの背後で、かっこよくて惚れ惚れするような満面の笑顔をした清志さんが立てた親指で首を切るようなサインをしてきた。 言ったら殺す。 空耳がやけに現実味を持って聞こえてきて、恐怖が背筋を這い上がった。 爽やかな表情と物騒な仕草との対比が恐ろしい。 「一緒に、なに?」 「…い、一緒にお出かけさせてもらう仲です…」 「なーんだ、やっぱり仲いいじゃん!宮地サン、一体どこに照れて友達否定したんすか〜」 「うっせー、轢くぞ」 身を縮こまらせて何とか言い返した私を、緑間くんが気の毒そうに見ていた。 彼の位置からは清志さんのジェスチャーが見えたのだろう。 飲みきったらしい空き缶を片手に、緑間くんがすっと立ち上がった。 「帰るぞ高尾。今日の試合の分析がまだ終わっていないのだよ。大会まで日は多くない」 「へいへーい。エース様の仰せのままに」 「結局何がしたかったんだよ、お前ら」 「えー?や、特に用事はなかったっすけど。宮地サンが今も楽しそうでなによりですよ」 その言葉に不思議と言い返すこともなく、清志さんはじっと黙ったまま彼らを見送った。 「そんじゃ、また!」と高尾くんは言ってくれた。 もし今度会えたら、高校生だった頃の清志さんの話を聞いてみたい。 姿が見えなくなるまで手を振っていると、待ちかねたように清志さんがソファーから立ち上がる。 「あー、なんかすげえ疲れた。帰るぞ」 「はい」 だるそうに先を歩く彼はいつもと変わりない。 けれど私は、緑間くんや高尾くんが「試合」や「大会」と言ったときに清志さんが見せた表情を気にしていた。 大学のサークルでバスケをしているときとはまた違う、どこか遠くを懐かしむような瞳。 私が知らない頃の清志さんはどんな表情でバスケをしていたんだろう。 ふと寂しさを感じて、先を行く姿に駆け寄って身体の片側をぴったりと彼にくっつける。 急に身を寄せてきた私を、清志さんは何も言わずにちょっと笑って撫でてくれた。 その優しさに甘えていたら、不意に思い出すことがあった。 「そうだ、清志さん」 今日の外出の目的を忘れてしまっていたなんて、本末転倒にも程がある。 健介さんのおかげで謎は解けたけれど、やはり全員にこのことについて聞いておきたかった。 多少の気恥ずかしさはやむを得ない。 一緒に住んでいる彼らがそれを鬱陶しく感じていないか確かめなければ。 「清志さんが入居したときにも、約束ってありました?」 「約束?…ああ、あったかも。それが何って感じだけどな」 心底どうでもよさそうに言いきって、清志さんは私からそっと手を離した。 見上げた横顔は、ふと得意げに笑ってみせる。 「それってどういう…」 「だってお前、もうオレらのものじゃん。所有物をどうしようがオレらの勝手だろ」 「…あの、人権を主張します」 「拒否権はありません。ご愁傷さま」 相手が清志さんであるだけに、これは本気で言っているのか疑いたくなる。 他二人もそんな風に思っているのだろうか、と急に不安になってきた。 毎日のように続く戯れは、やっぱりからかわれているから? 思い悩む私を見つめて、ふいに清志さんが真顔になってぽつりと漏らした。 「だから、オレら三人以外に隙見せんな」 「え」 「なんで最後、高尾とメアド交換したんだよ」 それまでの上機嫌が嘘のように、ひょいと携帯を取り上げられた。 もちろん私がどう頑張っても清志さんの手には届かない。 「ちょっと…っ」 「没収ー」 すたすたと歩き出した清志さんに何とか追いついて、見上げた先の表情に私は目を丸くした。 こんな風にすねた顔、初めて見たかもしれない。 |