少し休憩しよっか、という隆平さんの提案に素直に従うことにした。 あれから二人で出かけて、買い物がてらショッピングモールに隣接した美術館に付き合ってもらった後だった。 ほどよく歩き疲れてしまい、直帰は少しつらいかもなぁと思ったところへ隆平さんのこの言葉。甘えるしかない。 「飲み物頼んでくるから、ちょっと待っててね〜」 「はい、お願いします」 近場のコーヒーショップの席に私を座らせて、ひらひらと手を振った隆平さんは会計カウンターへ歩いていった。 エスコートされている、そうとしか言いようがない。 隆平さんは心地いいお出かけをさせてくれる達人だな、と一緒にどこかへ行くたびに思う。 気遣い上手な健介さんはともかく、清志さんではこうは行かないんだろう。 と、物事を考える基準がいちいち一緒に住んでいる彼らになっていることに気付いて、一人苦笑いをした。 「なーに笑ってんの?」 「あ、お帰りなさい」 「はい、ただいま〜」 意外と早く戻ってきた隆平さんに緩んだ表情を見られてしまった。 何をにやけてるんだ、と思われたかもしれないけれど、さすがに当人である彼らのうちの一人に本当のことを言えるはずもなく。 何でもないとごまかしたものの、小さく笑ってみせた隆平さんには隠しきれなかった気がする。 見透かしたような顔はしても追及はしてこない彼から、温かいカップを受け取ってお礼を言った。 ガラス一枚を隔てたショップの外を、誰もが休日らしく楽しそうに歩いていく。 「良かったね〜。いい買い物できて」 「はい。でも、美術展を見る前にいろいろと買い込んでしまったのは失敗でした…すみません」 「気にしない気にしない。なかなか行けなくて展示期間終わったと思ってたんでしょ?仕方ないって〜」 本来なら予定外のスケジュールだったのに、私が行きたいと言えば隆平さんは快く美術展に付き合ってくれた。 自分で買い込んだものが荷物になることくらい分かっていたのに、大丈夫だろうと思ったのが浅はかだった。 美術展を見て回る終盤では重さのあまり集中できなくなっていた私の荷物を、隆平さんが手伝ってくれた。 まったく、頭が上がらない。 「ま、オレも予想外だったけど。名前ちゃん、頼まれたもの以外もどんどん食料品買い込むからさ〜」 「それを言われると…四人で住んでるんだし、安いうちに買っておきたいじゃないですか。駄目ですか?」 「ううん、オレもいいと思うよ?ちゃんと生活のこと考えててさ」 だから拗ねないで、と頭を撫でられるのに応じていて、不意にはっとした。 いつものことだから大人しく撫でられていたけれど、ここは家とは違うのだ。 他人から見た私たちはどんな関係に映るのか、それを考え出したらなんだかそわそわと落ち着かない気分になってきた。 私の表情をうかがった隆平さんはびっくりしたように目を丸くする。 「えー…そんな顔されたらますます撫でたくなるんだけど」 「からかいたくなる、の間違いじゃないですか?」 「はは、そうかも」 離れていった手のひらは、ストローをつまんで無意味にくるくるとアイスコーヒーをかき混ぜていた。 隆平さんの場合、本音と冗談の境目が曖昧で困るときがある。 彼はその線引きをはっきり示してくれることもあれば、うやむやにして隠してしまうこともある。 あまり全てを悟らせることはさせてくれない。 そんなの、ただ一緒に暮らすだけの年下の相手には当たり前の対応かもしれないけれど。 「そういえば、この前久しぶりに大家さんに会ったんだ〜」 「え」 「違うか、管理人って言うんだっけ?君の知り合いの」 思わず顔を上げてしまったけれど、視線は交わらなかった。 隆平さんは何事かを考えるように、カップを見つめたまま話を続けた。 「何か言ってました?」 「家賃のこととか世間話とか…大した話題じゃないよ。あ、君が元気にしてるかどうかは詳しく訊かれたけど」 またなのか。 清志さんにしても健介さんにしても、「管理人に会ったらお前の様子をまず訊かれた」と口を揃えて言う。 いい加減、過保護なんじゃないかと思う。 設備の確認とか住人との交流とか、もっと他に大事なことはあるだろうに。 そんなことを考えていると、きれいに飲みきったカップをこつんと置いて隆平さんが言った。 「そうそう、入居したときの約束も相変わらず確認されたかな」 「…何ですか、それ?」 「およ?知らない?」 私は管理人の知り合いのよしみで特別にあそこに住まわせてもらっている身だし、通常よりずいぶん簡素に済んだ契約の上でそういった話は聞いていない。 もしかして私が知らないだけで、人気物件ならではの約束事があったりするんだろうか。 隆平さんは意外と言いたげな表情をすぐに戻して、楽しそうに微笑んだ。 「ま、本人には知らされてないか。そうだよね〜」 「本人って、私に何か…?」 「いやいや、気にしなくていいの。別に知らなくても問題ないだろうし」 私と一緒に住むにあたって、つまり三人だけに特別な条件が課されているのだとしたら、申し訳ないことこの上ない。 確かに普通なら、女一人で男性の中に混じって暮らすなんてあり得ないことだ。 しかし、そのせいで彼らに窮屈な思いはしてほしくない。 私の表情を読み取ったらしい隆平さんは苦笑に近い笑みを見せた。 「あのさ、きっと名前ちゃんの予想は絶対杞憂だから。安心するといいよ」 「…そう言われても、なんだか悪い気がします」 「いい子だなぁ。やっぱり可愛がるなって方が無理だよね〜?」 にこにことしながら、私の頬を優しくつねった隆平さんは困った様子に見えない。 …他の二人なら、約束のことを教えてくれるかな。 |