「ほら、宮地の分の米。運べ」 「…こんなにいらねぇんだけど」 「二日酔いだろうが気分最悪だろうがしっかり食ってもらうからな。誰がお前の代わりに作ったと思ってんだ」 「ハイハイ、…ったく」 炊飯器の前で二人が何事かを言い争っているのを横目に、私は一つずつ椀に味噌汁を注いだ。 健介さんと隆平さんは根気良く待っていてくれたらしく、保温されていたご飯をよそって、温め直した味噌汁を並べれば朝の食卓が作られていく。 「ったりめーだろ、こんくらい。どうせなかなか起きなくてあいつに迷惑かけたんだろ」 「うるせーなあ…母親かよ、福井は」 「何とでも言え。おい名前、これ持ってけ」 「はーい…あの、健介さん?」 渡された自分の茶碗に山盛りの白米を見つめて、私は健介さんをおそるおそる見上げた。 一見普段と変わらない様子だけれど、目が合ったときににっこり微笑まれて、やっぱり怒ってる…とうなだれた。 きれいに笑いながら怒るところも清志さんに似てきてますよ、健介さん。 「お前もそれちゃんと食えよ。いくら何でも宮地に振り回されすぎ」 「はい…」 「細っこいから常々よく食べろとは思ってたんだよ。いい機会だからいっぱい食べておっきくなれよ」 「身長はもう打ち止めです。横に大きくなったらどうしてくれるんですか?」 「ははっ」 ほっとさせる素の笑顔を見せて、健介さんは頭を撫でてくれた。 おっきくなれよ、なんて親が子供に言うみたいだ。 どう考えたって彼らほどに身長は伸びないし、そんな自分は今以上に可愛くないと思う。 特に清志さんの域まで行ってしまったら大変だ。 茶碗を手にリビングへ向かうと、後ろからぺしんと頭を叩かれた。 「なーんか失礼なこと考えてたろ」 「…濡れ衣です」 「嘘つけ、分かりやすいんだよお前は。しかもやっぱり福井に怒られてやんの、いい気味だな」 「清志さんってなんでそう…」 「こら宮地〜、いじめたらかわいそうじゃん?」 食器の用意をしていたはずの隆平さんがいつの間にか後ろに立っていて、私をかばうような物言いをしてくれる。 彼が味方ならば清志さん相手の言い合いでも心強い、と思ったのに。 ふんと鼻で笑った清志さんは分かってると言いたげに首を振った。 「春日もタチ悪いよなー。ここぞという時はこっち側でこいつのこといじるくせによ」 「あ、バレた?」 「えっ…!」 「知ってるか、名前。オレなんかより春日を警戒した方が得策だぞ」 「人聞き悪いな〜、常にいじめっ子な宮地より良くない?ねえ?」 「そ、そうかもしれないですね…」 にこやかな隆平さんの言葉に対してうなずくしかできないでいると、「お前ら通路でジャマ!後ろでつかえてるんだけど!」と健介さんが言う。 どうやらおかずを運んできたらしく、その一言で私たちは各々の席へ散っていった。 食卓に落ち着くと、当番係の人が号令をかける。 だから今日は健介さんが手を合わせて、大きな声で言った。 「いただきます!」 「いただきまーす」 残り三人でのんびりと声を揃えて、それからは自由な食事開始。 机の上を醤油や塩の瓶が行き来する合間に、ふと健介さんが声を上げた。 「今日出掛けるやついる?」 「あ、オレ。服見てくるつもり〜」 「じゃあ買い物頼むわ。卵と牛乳あと少しだったから、ついでに買ってきてくんね?」 「ほいほ〜い」 それに答えた隆平さんが「じゃ、一緒に行こっか?」と私へ笑いかける。 特に用事もないことは伝えてあったので、彼の言葉にうなずく。 すると、視界の端に押しやられる何かが見えた。 そっぽを向きながら、清志さんが牛乳の注がれたコップを私の方へ寄せている。 こんなに背が高いというのに、清志さんは牛乳が嫌いだ。 「おい宮地ー、名前に押しつけんな」 「ありえねー、なんでコレあんの。マジねーわ。お前飲んで」 「宮地〜、おっきくなれんよ?」 「さすがにもう身長いらねぇよ」 賑やかすぎるほどの会話が過ぎていくうちにも、それぞれが食事を進めていって私たちはきれいに朝食を食べきった。 結局私が清志さんの分の牛乳を飲んであげて、二人には「甘やかすな」と言われてしまったけれど。 「ごちそうさまでした!」 「ごちそうさまでした〜」 平日ならば、慌ただしくみんなが出掛ける準備を一斉に始めるけれど、今日は全員がそのままゆったり腰を落ち着けて会話を続ける。 話題は必然と翌日の月曜日に向かっていった。 今は休日とはいえ、週明けにはそれぞれの忙しい日常が待っている。 「名前、明日は早上がりって言ってたよな?」 「はい、午前中で。晩御飯の用意しておきましょうか?」 「あ。それもいいけどさ〜、今ちょうどサークルの展示会やってんの。良かったら見においで〜?帰りにウチの大学の駅通過するでしょ」 「じゃあオレんとこも寄ってけ。明日もバスケサークル行くんだけど、人手足りねーから雑用手伝えよ」 健介さんが私に話題を振ったのを口切りに、隆平さんと清志さんが口を出す。 二人がそう言ってきたので、順番的に再び健介さんを見ると、「お前も何かあんの?」と二人からも集まった視線に彼は微妙な面持ちになった。 「オレのとこ…は特に何もないけど。一番近いじゃん。来れば?」 「…福井さ〜」 「無理に張り合う必要ないぜ?」 「うっせ」 「いや、あの。三つも大学を回るのはさすがにできませんよ」 私抜きでどんどん話が進むので慌てて口を挟むと、ナイスアイディアと言いたげに隆平さんが手を叩いた。 「じゃあ名前ちゃんが順繰りに回ってオレら連れて、最後は四人一緒で帰ればいいじゃん?」 「はは、どんな大所帯だよ。男三人に女一人って、何の集団か疑われるぜ」 「ま、それでいいんじゃね?はい決定〜」 できないと言ったはずなのに、隆平さんの無理難題な提案に何故か乗っかる清志さんと健介さん。 そのまま席を立って食器の片付けに行ってしまった二人を見送ってから、私は呆然と隆平さんを見つめた。 「人気者はつらいね〜」 笑って頬をつつかれたけれど、前途多難です。 |