「失礼します」

聞こえていないだろうとは思いつつ、一応声をかけながらドアを開けた。
しんとした室内は薄暗く、ゆっくり扉を閉めるとリビングの賑やかな会話や朝ご飯の匂いが一気に遠ざかり、ここは彼一人の個人部屋であると実感する。
隆平さんの部屋同様、この部屋に入るのも初めてというわけではない。
勝手知ったる足取りで申し訳ないとは思いながら、まっすぐに窓辺へ向かって遮光性のカーテンを全開にした。
室内に日差しが入って、近くのベッドからくぐもった声が聞こえてきた。

「宮地ってば寝起き悪いからさ〜。オレらが行くと高確率で蹴られるんよ」
「つーわけでお前よろしく」

毎度のごとく他の二人はそう言うけれど、彼らが言うほどの恐い印象は受けない。
そっとベッド際へ近寄って彼の姿を眺める。
こんなに背の高い男性がタオルケットを口元まで引き上げて、すやすや眠っていると思うと微笑ましい。
彼の寝相は時によりけりで、布団という布団をベッドから蹴落としていたり猫のように丸まっていたりと様々だ。
今日はまたずいぶんと可愛らしい格好で眠っているので、起こすのは少し気が引けたけれど、待ってくれている二人にも悪い。

「清志さん、朝ですよ」
「ん、……」

枕に頬をくっつけてうつぶせ寝をしている彼の様子をうかがうように名前を呼ぶ。
やはり昨日の疲れが響いているのか、返事と取れるか曖昧な声が聞こえるだけで、その身体は微動だにしない。
一瞬ためらって、「飯が冷める」と怒る健介さんを想像してからその肩に触れた。
軽く揺り動かすとだるそうに「あと少し…」と言われてしまった。

「ダメですよ。疲れてるのは分かりますけど起きましょう」
「あー…うん、わかってる」
「って、言いながら布団かぶり直さないでください」
「んだよも〜…いま何時なわけ」
「そんなに早くないですよ。朝ご飯もできてます」
「朝ご飯…?」

ぼんやりと私の言葉を繰り返すあたり、まだまだ意識ははっきりしなさそうだ。
そう思ったとき、清志さんが大きな声を出して勢いよく身を起こしたから思わずのけぞってしまった。

「メシ当番!」
「わっ」
「やっべえ、寝てる場合じゃ…」

珍しく焦った様子でベッドを下りようとした清志さんは、すぐに「うっ…」とうめいて頭を押さえた。
普段はゆっくりと時間をかけて起きる彼のことだ。
今日の体調ならばなおさら、すぐに起床というわけにもいかないだろう。
手のひらをいたわるように彼の額に当てると、寝起きの肌は熱く、清志さんは気持ちよさそうに目を細めた。

「あ゙〜、頭いってぇ…」
「きっと二日酔いですね。昨夜の記憶は?」
「…ほとんどないわ」
「当番なら健介さんが代わってくれましたよ。それも知らないとか?」
「なんか…ちょっと前に福井が部屋入ってきて、会話にひたすらうんうんって適当に返したのは覚えてる」
「それで上手い具合に話が進んだんですね」

清志さんの杞憂だったとはいえ、もう彼が起き上がっているというのは幸いだった。
これならいつもみたいな、「お前が引っ張って起こして」とか、「リビングまでつれてって」とかいう無茶なお願いはされないだろうと安心をする。
体調も優れないし、もっと不機嫌だろうと思っていた清志さんは案外普通で、ただ深い眠気だけがとろんとした瞳に残っている。
ぼーっとした様子で私を見る寝起き姿が子供みたいだとは言わないでおいた。
おもむろに掛けられた言葉には耳を疑ってしまったけれど。

「なあ、なんでお前今日はこんな可愛いの」
「…へっ?」
「あー、違うな。今日も、か。春日にやってもらったのか?」

さっき隆平さんに整えてもらった髪型を崩れない程度にいじりながら、清志さんが甘ったるく声を低めた。
毎度のこととはいえ、寝ぼけている清志さんは心臓に悪いことを惜しげもなく言うから戸惑ってしまう。
それが本心ならば嬉しい気もするのだけれど、普段とのギャップがあまりに激しいため、この人は寝起き限定で人たらしになるのではと思っている。

「そんなこと言っても、ちゃんと起きてもらいますからね。健介さんも隆平さんも待ってますよ」
「…なんだよ。茶化すなよ」
「寝ぼけた人に何を言われても、って感じです」

そのとき、ほんのわずか清志さんの目に不機嫌の色が宿った。
言い過ぎたと思ったときには、ぐいと強く腕を引かれて思わず目を閉じた。
身長差と勢いのままに、私の額へ柔らかくぶつかったのは彼の唇だったのかもしれない。
少し痛いくらいにぎゅうと羽交い締めにされて、けれど怒らせてしまった手前、抵抗もできず小さく言った。

「…あの。苦しいです、清志さん」
「ムカついたからしばらくこのままな。そんで福井に怒られろ」
「はぁ…タチの悪い仕返しですね」
「…寝ぼけてねぇし、バカ」

寝起きの状態を指摘したことがそんなに気に障ったかと素直に「ごめんなさい」と謝れば、重い重いため息が首筋を撫ぜた。
ずるずると頭を下げた清志さんが肩と首の間に頬を寄せてきて、しばらく動けないまま緊張した気持ちでいた。
こういうとき、未だに何をどうすればいいのか分からない。
私は何を求められていて、何を返すのが正解なのだろう。

「お前ら、いい加減に早く来いよ!轢くぞ!」
「福井、宮地の怒り方がうつってんよ〜」

ドアを蹴破る勢いで待ちかねた二人が部屋に入ってきた途端、清志さんは何でもないかのように私から離れた。
困惑してその横顔を見上げると、舌を出してべーっとやられた。
なんだか悔しい気持ちになった理由は、自分でも定かでない。

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