「な〜んか、朝からついてないとは思ってたんよ」 頬杖をついて低くつぶやく隆平さんに苦笑いを返した。 とりあえず入ったファミレスはがやがやと休日のように騒がしい。 夕飯時の少し前、ちょうど親子連れの客が増えてくる時間帯だった。 「朝のセットの時になってワックスが切れてたことに気付くし、もたついてたら当番のゴミ出しに遅れて」 「置いてくるわけにもいかないから持って帰ってきたら宮地も福井もぎゃんぎゃん怒るし」 「ワックスは学校の行きに買ったから、まあいいんだけど」 「学校帰りに気を取り直して買い物に行ったら後輩に出くわして」 「バッシュ買うのに付き合ってやってたら、その厄介な後輩を連れたまま名前ちゃんに会っちゃうし」 「まさかの三人でお茶する羽目になって、帰りたいめんどくさい」 愚痴というほどではないものの、隆平さんのつらつらと続く言葉に、私は黙ってうなずくだけに留めた。 何かフォローをすべきか迷っていると、背後で「あれー?春日先輩が落ち込んでる!なんで!?」と、やけに楽しそうな声が聞こえた。 振り返ればにこにこと笑う津川くんがいて、人数分のドリンクバーを運んできてくれたのを受け取る。 隆平さんは舌打ちでもしそうな勢いで棘のある言葉を漏らした。 「お前のせいだから」 「えー、ひどくないっスか!」 たとえば清志さんをからかう時ともまた少し違う、ずけずけとした隆平さんの物言いが珍しく、私はつい言葉を漏らす。 「なんだか意外です。人当たりのいい隆平さんでも遠慮しない相手っているんですね」 「オレだって人間だもん〜。それに、コイツに気を遣うだけムダだからね?名前ちゃんもそれ覚えといて」 「春日先輩マジ容赦ねー!」 ケタケタと笑う津川くんを見て、今までに会ったことがないタイプだなぁと思う。 彼は隆平さんの高校時代の後輩なのだという。 私は最初、後輩と聞いて、初対面の津川くんに「あなたもキセキの世代…だったり?」とうっかり尋ねてしまった。 清志さんや健介さんの後輩がそうだったように、隆平さんの後輩も同じキセキの世代かと思ったのだ。 津川くんは一瞬間の抜けた表情をしてから「うわ!すげーイヤミ言われた!」と笑っていた。 訳が分からずオロオロする私を、隆平さんは安心させるように撫でてくれた。 「こら津川。この子は知らなかっただけなんだから茶化さない」 「まー、普通の子は知らなくて当然ですかね」 「そうそう。名前ちゃんはイヤミ言えるような性格してないもんね〜」 隆平さんのフォローは嬉しかったものの、あまり無知でいるのも考え物だと思った。 あの三人と過ごしていると、どうしても高校バスケの世界に触れることが多い。 つくづく自分は高校バスケの事情に疎いので、今回のように相手が戸惑うことを言ってしまうのは恥ずかしいのだ。 出会い頭の出来事を思い返しながら熱い紅茶を口にしていると、不意に視線を感じた。 顔を上げると、向かい側の津川くんとばっちり目が合う。 「…どうかしたの?」 「なんか不思議でさ」 「何が」 「春日先輩って年上専だからさ。君みたいな子といるの意外だなって」 私の隣で、隆平さんが「げふッ」とむせた。 その背中をさすってあげながら、私は感心したような声を出してしまう。 「…年上。そうなんですか」 「違う。全く以て違う。ほんと津川黙ってくんない?」 目の前でニコニコしている津川くんと隆平さんを交互に見ていたら、服の裾をちょんと引っ張られる感覚があった。 弁解をしたそうに見つめてくる隆平さんに、私はきちんと向き直る。 「あのね、名前ちゃん。誤解がないように言っておくけど」 「はい」 「オレの高校だと運動部を覗きにくるギャラリーってのが珍しくなかったんよ。で、自分で言うのもなんだけど、その…ある女の先輩がよくオレのことを応援しててね?」 どうして隆平さんはこんなに申し訳なさそうな、罰が悪そうな顔をして話すんだろう。 その様子が叱られた犬みたいでちょっと面白い。 いつもなら何事にも目敏い隆平さんが、この状況を珍しがっている私に気付かないくらい焦っているのだ。 「その人が、卒業してもたまーに遊びに来てたもんだから、津川の奴が付き合ってんじゃないかって勘違いしちゃって。だから誤解。ね?」 「隆平さん。今日はいつもよりお喋りですね」 「オレの話聞いてた?もー、この子ったら!」 素直な感想を漏らしたら、隆平さんはぷんすか怒っていた。 私はそれに笑いつつ、もう一つの本音を口にする。 「隆平さんが自分のことを話してくれるの、久しぶりな気がします。嬉しい」 隆平さんは、ぱちくりとまばたきをしてから悔しそうな表情になった。 彼はとっさに頬へ手のひらをやっていたけれど、それより早く耳が赤くなったのが見えてしまっていた。 そのまま、隆平さんは深くため息を吐く。 「ずるいね。名前ちゃんはずるいよ。でも、許してあげる。オレにだけそんなことを言ってくれるなら」 隆平さんの声色が焦ったものから穏やかなものに変わっていて、機嫌が直ったのだと分かる。 私が笑ったのにつられて、隆平さんも笑ってくれた。 そこに、さらに楽しそうな声が割って入る。 「いやー、仲良さそうな二人を引っかき回すの楽しいなー!」 「もうお前帰ってホント!」 隆平さんが本気で津川くんを追い払おうとしていて、可笑しくなってくる。 口にした紅茶は少し冷めていたけれど、この非日常の中にいるせいか、変わらずおいしく感じた。 |