「え、じゃあオレと頻繁にメールしてること宮地サンにバレてるんだ?」 目の前に座る高尾くんは驚いたように、けれど動揺は少しも見せずにつぶやいた。 ある程度予想はついていたのかもしれない。 私たちはコーヒーショップにいた。 以前、私と隆平さんが買い物休みに寄った場所と同じだった。 ここは高尾くんと緑間くんに会ったショッピングモールでもあって、私たち四人がよく買い物に訪れる場所でもある。 たまには直接話そうよ、と待ち合わせ場所を指定したのは高尾くんだったけれど、行き慣れた場所ということもあり、私は二つ返事で承諾したのだ。 「うん。高校時代の写真を送ってもらったことも知られちゃった」 「わーそれ次会う時オレが殺されるやつだわー」 「ごめんね」 「名前ちゃんが謝ることないっしょ!」 ロイヤル豆乳ミルクティー、という女の子みたいなチョイスのドリンクを手に高尾くんは軽やかに言った。 私はなんとなく名前に惹かれて頼んだハニーカフェオレを一口飲んだ。優しい甘さがおいしい。 本当は、写真のことは隆平さんがバラしてしまったのだ。 とはいえ、「ごめーん、ついうっかり〜」と笑顔で言われては責める気も起きなかったのだけれど。 「そうか〜、宮地サン何か言ってた?もしかしてメール禁止令出た?」 「いや…ほどほどにしとけよ、って」 「相変わらず名前ちゃんには優しいんだなぁ」 そう言われて、私は黙って首を振る。 根が優しい人なのは知っているつもりだけれど、清志さんには基本的に意地悪をされてばかりだ。 そんな私を高尾くんは楽しそうに見ていた。 「あ、そうだ。この前緑間くんにも会ったんだよ」 「へー、真ちゃんに?」 「じっくり話すのは初めてだったけど、いい人だったな」 「…ぶッ、くく、あいつにいい人って言うコはじめて見た!」 「そんなにおかしい?」 「やー、おかしいって。あいつ高一の頃からけっこー変人だったぜ?」 話の途中で笑い出した高尾くんが、懐かしむように昔の話をしてくれる。 私はこうして彼が話すのを聞くのが好きだ。 高尾くんが本当にチームを好きだったことが伝わってくるし、合間に清志さんの名前が出てくるのも嬉しくなる。 「でも確かに、いろいろ難アリだった真ちゃんも二年経ってずいぶん雰囲気柔らかくなったからな。そっか、いい人って思われるくらいに成長したかー…」 「保護者みたいな感想だね」 「まさにそれ!よく宮地サンには緑間の面倒見てろって言われた!」 自分に関わる話題をしつつ、私からも会話を引き出す高尾くんを素直にすごいと思う。 会って二回目の男の子とここまで話が弾むのは初めてだ。 それは清志さんや緑間くんの言葉も軽くかわせるほどコミュニケーション上手の高尾くんだからこそ出来ることなのかもしれない。 気付けば長い間話し込んでいたようで、お互いの飲み物がもうなくなっているのが目に付いた。 そろそろ出ようか。私がそう言った時だ。 高尾くんがそれまでの笑顔を引っ込めたのは。 「オレさ、名前ちゃんに訊いておきたいことがあるんだ」 「うん、何?」 「名前ちゃんの家はさ、もしかして『特別』なんじゃないの?」 静かに紡がれた内容に、私は思わず身を堅くした。 ふと真面目な表情を作った高尾くんの真意が掴めず黙りこくっていると、彼は続けた。 「オレ、結構ここに遊びに来るんだよ。友達と一緒に」 最初はその意味がよく分からなかった。 待ち合わせ場所に指定するくらいだから高尾くんにとっても馴染みがある場所だろうとは思っていた。 けれど、彼が言いたいのはそういうことじゃない。 このショッピングモールは、私たちがよく夕飯の買い物をしに来る場所でもある。 「その時に見ちゃったんだ。宮地サンとよく似た髪の色で、でもあの人より背が低い男の人と名前ちゃんが歩いてるとこ」 予想は当たっていたようで、私はそっと手のひらを握りしめた。 高尾くんには、健介さんや隆平さんといるところを見られていたのだ。 「つり目の人と、ちょっと髪長い人の二人だよ。真ちゃんに訊いたらさ、あいつも会ったって言ってた。正邦の春日さん」 「…うん」 「一緒に食べ物が入った買い物袋持ってて、兄妹って感じもしなかったから気になってたんだ。もしかしたら、名前ちゃんとあの人たちは一緒に暮らしてるんじゃないかって」 どんどん核心を突かれる話し方なのに、そこまで焦りが湧いてこなかったのは、高尾くんが真剣に話をしてくれているからだった。 普通、この年頃の女の子が複数人の男性と同棲しているなんて信じないはずだ。 けれど高尾くんは、私と清志さんや、健介さん隆平さんとの関係性をよく見て、「普通なら有り得ないこと」も有り得ると思っている。 それは、ある意味私たちの特殊な関係を認めてくれたようにも思えて、私は安心したのだ。 「でも正直、オレが訊きたいことはひとつだけ。名前ちゃんは宮地サンのことどう思ってる?」 いつもだったら、私はその質問をはぐらかしていたと思う。 いつもみたいに、恋人なのか友人なのか、そういう答えを期待されていたなら、私はきちんと返答をしなかっただろう。 でも、高尾くんの目には好奇心じゃなく、先輩のことを気遣う素振りがきちんとあった。 どんな人間が先輩のそばにいるのか、知っておきたいと考えるのは後輩として当然のことだと思った。 「清志さんは、私の大切な人。でも私の大切な人は一人だけじゃないの。一人だけっていう選択はできないし、したくない」 私は正直な気持ちを答えた。 それから、今の暮らしのことも。 誰かに四人の同居生活を話すのは初めてで、いやに心臓がドキドキしていた。 じっと話を聞いてくれている高尾くんの反応が、少しだけ怖い。 「へー、じゃあ名前ちゃんは紅一点?」 「うん」 「すげー、モテモテじゃん」 きっと私の緊張を和らげるために言ってくれただろう軽口に、私は首を振った。 そういうものではないのだ。 自意識過剰な言葉でいえば、私は妹のように可愛がられているに過ぎない。 「そういうのじゃないよ」 「…その人たちと仲いいんだね」 高尾くんがぽつりと呟いた言葉は私にとって嬉しいものだった。 一緒にいれば、まずどんな関係なのかを尋ねられるという状況ばかり経験してきた。 私は私たちの関係に対して、「仲がいいんだね」という穏やかな感想が一番欲しかったのかもしれない。 「でもさ、ホントに思うんだけど。そんなお兄さんたちに囲まれてるんなら名前ちゃんに彼氏ができるのは難しいんだろうな」 「…え?」 「ん?あれっ、ごめん電話だ!出てくる!」 思いがけない言葉に一瞬止まりかけた思考を打ち破るように、テーブル上でスマホが鈍い音を立てて震えた。 スマホを片手に、おそらく緑間くん相手に通話しながら店の外へ出て行く高尾くんをぼんやり見送った。 彼氏ができないんじゃないか、なんていかにも高尾くんらしい疑問だと思うと同時に、今までそういう考え方が浮かんでこなかった自分に呆れもする。 現役女子大生として恋愛観が欠けすぎている気がしなくもない。 そして、ふいに冷静になった。 大学生という年頃に恋愛を謳歌しておくべきなのは、何も私だけではなくあの三人にも当てはまることではないのか、と。 清志さん、隆平さん、健介さんといて私に男性が寄り付かないのならば、逆もまた然りではないだろうか。 私と暮らしている限り、彼らは彼女を家に連れてくることさえ叶わない。 それは、私のせいとまではいかなくても、彼らにとってあまり良くないことのような気がした。 「ごめん!結構待たせちゃっ…名前ちゃん?」 戻ってきた高尾くんにも気付かず、私は難しい顔をして考え込んでいたらしい。 私が笑顔を作り直しても、伝播したかのように高尾くんは難しい顔のままだった。 「何か考え事してた?」 「あ、うん。少しだけね」 「オレ、変なこと話しちゃったかな。…あんま気にしないで。また今度話そっか」 そのあと高尾くんは、こっちが誘ったのに先帰ってごめん!と私に謝罪をして、店を出て行った。 呼び出しを受けて他校の試合観戦に行った緑間くんをリアカーで迎えに行くらしいのだが、その説明を聞いても何がなんだかさっぱりだったので、とりあえず急ぎの高尾くんが席を外すことを了承したのだった。 一人きりになった私はすぐに立ち上がる気になれず、ぼーっとしてしまう。 考え事をしている場合ではないのに、高尾くんの一言が引っかかって動けない。 休んでる暇があったら、早く帰って家事をするべきなのに。 今日の夕飯担当は誰だっけ。 「おいコラ」 「いっ!…痛いですよ、健介さん」 「全然気付かないんだもんよ。喝入れだ、喝入れ」 後ろから掛かった声と同時に頭を襲った衝撃に振り返ると、健介さんが手をチョップの構えにして立っていた。 その手で隙だらけの私を攻撃したらしい。 健介さんは買い物袋を持っていた。 そういえば、今日の当番は彼だったと思い出す。 二人用の席に一人きりでいる私を怪訝そうに見て、健介さんが尋ねる。 「誰かいたのか?」 「はい、友達が」 答えた内容は間違っていないのに、どこか嘘をついたような気分になる。 それきり黙り込んでしまう私に、自身の髪をくしゃりとかきあげて、健介さんは言う。 「ちんたらしてないで帰るぞ。名前」 そう言われて、彼に手を差し出されたら。 私はその手を掴まざるを得ないし、立ち上がらずにはいられない。 重たい思考は少し軽くなって、私は目指す家が同じ人と、今日も帰路に着く。 |