「おっかえり〜、名前ちゃん!」
「…とってもお酒臭いんですが、それはあの…」
「ほらほらぁ、いい子はただいまって言う!」
「隆平さん、本当に大丈夫ですか?」

玄関先で迎えてくれたのはキツいアルコールの臭いと満面の笑み。
ふにゃあ、と笑み崩れる隆平さんは子どものようなのに、どこか焦点の合わない瞳を見て一気に不安になった。
宅飲みでここまで泥酔した彼を見たのは初めてだ。
健介さんも清志さんも止めなかったんだろうか。
靴を脱いで上がろうとしたところで、「とりゃあ!」と、掛け声だけは可愛らしいタックルをされた。
隆平さんに飛びつかれた反動で何歩か後退った私は後頭部をガツンと扉に強く打ちつけた。
そのハグは容赦ない力加減という意味合いで、破壊力が半端なかった。
思わず言葉を失って身悶える。

「あは、照れてる照れてる〜」
「……声が出ないほど痛かったんです…」

私の言葉を少しも聞いていない様子で、隆平さんはとても楽しそうにぎゅうぎゅうとひっついてくる。
せめて玄関ではなくリビングに行ってからにしてほしい、と思っていたところで長身の背格好が視界の隅を過ぎった。
その横顔を窺うより先に、安堵した私は通りすがりの清志さんに声を掛けてしまっていた。

「清志さーん!あの、隆平さんを退かしてくれません、か…」

思わず言葉が尻すぼみになったのは、仕方ないことだと思う。
ゆらりとこちらへ振り返った清志さんの表情の険しさといったら、人を視線で射抜けるほどである。
非常に機嫌が悪い状態であることは一目でわかるものの、その目がどこか据わっているところから察するに、彼も相当酔っている。
私の印象では、清志さんはそれほどお酒に強くない。
ある程度呑んだあとは、すぐに寝てしまうかうつらうつらしているのが常だ。
そんな彼が起きているということは、普段の寝起きに輪をかけて彼が不機嫌だということを表している。
きゃっきゃと絡みついてくる隆平さんの存在も気にならず、私はその場から身動きが取れなくなる。

「お、おはようございます…寝起きですよね。その様子だと」
「…おう」

洗面所に向かおうとしていたらしい清志さんはこちらへやって来て、低い低い声でぼそりと返した。
余計なことを言って怒らせてはいけない。
そう思って黙っていたら、清志さんは無言で私から隆平さんを引き剥がして適当に床へ転がした。
ほっとしたのもつかの間、がっしりと肩を掴まれて体が硬直する。
よくよく見れば、ひどく眠そうな顔をした清志さんは頬がほんのり赤い。
やはり相当呑んだのだろう。

「お前…帰りおっせーんだよ、何やってた」
「え?あ、すみません…ちょっと勉強会の延長で調べ物をしていて」

一体何を言われるかと身構えた結果、清志さんからは意外な言葉が出てきた。
今はだいたい十一時を回ったところだろうか。
確かにこんな時間帯に帰ってくるのは珍しいことだけれど、それを清志さんが口に出すくらい気に掛けていたという事実が私には意外に思えた。
しかし安心するにはまだ早かったようで、清志さんは胡散臭そうに目を細めると、眉根を寄せた。

「その用事ってのは、お前がこんな深夜までほっつき歩くほどの時間を掛ける価値のあることなのか」
「ええと…ないかもしれません」
「んじゃ早く帰ってこい。家で飯食え。目の届くところにいろ。じゃねーと心配…」
「あの、清志さん」
「……お前って奴は…」

脈絡なくまくし立てられた内容に戸惑って声を上げると、不意に清志さんは黙り込んでしまった。
その瞳がきゅっと細まって、子どもみたいに口を真一文字に結んでいる。
あ、寝そう。
そう思ったときにはガクンと清志さんが下を向いたので、「へ?」と間抜けな声を出してしまった。
ふらりと倒れ込んできた彼が肩に頭を乗せてきた。
瞬間、油断しきっていた私は全力で足を踏ん張る羽目になった。
腕を回す形で清志さんに全体重を預けられて、情けない悲鳴を上げた。

「お、重…っ!き、清志さん起きて…こんなところで寝ないでください!むっ無理、誰かー!」

いくら彼が細身とはいえ、非力な私が191センチの体を支えられるわけがない。
こちらに寄りかかる清志さんの穏やかな寝息に耳を傾けている場合ではないのだ。
早くも両脚が限界を迎えている状態で視線をさまよわせても、隆平さんが床に寝転んでごろごろしている姿しか見えない。
清志さんを振り払うことも後ろに倒れ込むことも適わない状況でいたら、健介さんが慌てた様子でリビングスペースから顔を出した。

「名前?もう帰ってきてたのか…って、何だよこの状況は」

一目見た限りでは素面である健介さんはずんずんとこちらへ歩み寄ったかと思うと、清志さんの襟首を引っ張って言った。

「宮地、起きろ!名前に迷惑かけてんぞ!」

それが魔法の言葉であるかのように、ぱちっと目を開いた清志さんはのそのそと身を退けた。
体に掛かっていた重みがなくなって、ほっと息を吐く。
「あー…悪い…」と、よく考えず反射で言葉を返しているあたり、清志さんの意識は目が覚めていないのだと思う。
お酒も入っているし、明日になれば今日のことは完全に忘れ去っていそうな勢いだ。
あんな風に心配された手前、少し気恥ずかしいので助かるのだけれど。
ひとまず私を救出したと確認した健介さんは、次に床で寝ている隆平さんを見下ろして声をかけた。

「春日も。寝るんなら部屋行けよ」
「え〜、まだ呑むって〜」
「さっさと寝ろ、酔っ払い。名前、帰って早々悪いんだけどよ、こいつら運ぶの手伝ってくんねえ?」
「はい」

その後は、ソファーで寝てしまおうとする清志さんや制止を振り切って呑み続けようとする隆平さんを何とかなだめて各々の部屋へ押し込んだ。
二人で空き缶や空きビンの片付けをして一息つく頃には、日付が変わってしまうまであと間もなくだった。
台所に立ち寄ったついでに健介さんが持ってきてくれた飲み物を片手に、二人でソファーに沈む。
いつもならカフェオレを淹れてくれるのだけれど、時間帯を考えてか今日はホットミルクだった。

「あー、疲れた」
「何とかなりましたね」
「ったく、酒呑むのは自由だけど飲まれるなって話だよな。あいつらそんなに強くないんだし…」

怒りというよりは呆れが勝った声音で健介さんがぼやく。
お酒を飲まない私からしても、健介さんがよほどお酒に強いということはよく知っていた。
彼は気持ち良く酔える人であり、意識を保てないなんてことは今までに一度もなかった。
お酒に強い理由を尋ねても、「だってお前、この程度で酔っ払ったら秋田県民じゃねーべや」と返されるだけだった。
彼が言うには、隆平さんが普通のレベルで清志さんがかなり弱い部類に入るらしい。
怒られるから本人には言わないらしいけど。

「どうして飲み会になったんですか?」
「三人で話し込んでたら流れで…な。深い理由はねえよ」
「へえ」
「こういう時、お前が未成年で助かったって思うな」
「それは、酔った人の介抱を任せられるからですか?」
「え?いやいや、違うって。いつも素面で取り残されるオレの話し相手になってくれるからだよ」

わずかな酔いを覚ますように冷たい牛乳を飲み干して、健介さんが笑う。
あの二人が呑んだ量を足しても届かないほどのお酒を呑んだ後とは思えない顔だ。
思いがけない言葉に笑みを返して、私は手の中のあたたかいマグカップに視線を落とした。
健介さんがくれる時間はふんわり温かくてほんの少し甘くて、なんだかホットミルクに似ている。

「健介さんって、泥酔しちゃったことはないんですか?」
「あー…地元帰って羽目外した時とか、それこそやけ酒した時とか。数えるくらいだな」
「そうなんですか」
「なんだよ、オレが酔ったら介抱してくれんの?」
「任せてください。健介さんにはいつもお世話になってますから!」

普段は迷惑をかけっぱなしなのだから、と張り切って声を上げると、健介さんは急に困ったような顔を見せた。
あれ、想像していた反応とちがう。
頼もしいなって、笑ってくれると思っていたのに。
不安を感じるより早く、明るく笑った健介さんがぎゅっと頬をつまんできた。
痛くはないけれど、触れられてびっくりした。

「バカ。酔っ払いほど何するかわかんねー生き物はいないんだからな。軽々しく即答すんなよ」
「えーと…反省します?」
「よしよし」

よく分からないまま頷けば、健介さんは私をぐりぐりと撫で回した。
手を離すとき、なんだか健介さんが少しだけ心配そうに微笑んだのが気がかりだった。

(言ったそばから、こいつは無防備だ)

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