「二人とも〜、ちょっとこっちで話さん?」

ソファーから手招きをする春日に、オレと宮地は顔を見合わせた。
自室でやっていた課題休みにコーヒーを淹れに来たらちょうど宮地が洗い物をしていて、「お前洗うもの増やすんじゃねーよ」「このくらい自分で片付けるからいいだろ。お前の分淹れてやんねえ」「おいこら」と、いつものくだらないやり取りをしていたところだった。
何とはなしに雑誌を読んでいたらしい春日が割り込みを感じさせない自然さで話しかけてきたので、二人揃って口を閉じてしまったのだった。
顔を見合わせるのもそこそこに、宮地がオレの肩をつかんでキッチンの隅へ引っ張る。
宮地がこそこそと耳打ちするのを、春日がきょとんとした様子で見ていた。

「お前なにしたんだよ」
「何も心当たりねーよ!それこそ宮地が何かしたんだろ」
「してねぇよ轢くぞ」
「ちょいちょい〜、お二人さん。怒ってるわけじゃないから来てってば」

会話の内容を察した春日が再びひらひらと手招きをした。
その言葉に警戒を解いたらしい宮地が「なんだよ改まって」と、先にソファーへ腰掛ける。
長い話になるのなら三人分のコーヒーを淹れてしまおう。
そう思い立って、マグカップを三つ出してきた。
名前は、まだ帰ってきていない。
友人と勉強会をするから帰りが遅くなると聞いていた。

「春日、ちょっと待ってろ。飲み物作るから」
「はいよ〜」
「宮地はブラックで良かったよな?」
「良くねーよ。砂糖もミルクもちゃんと入れろ」

オレがわざと確認したことに気付いたのか、その言葉尻が不機嫌そうに下がる。
宮地が見かけによらず子供舌なのを笑ったとき、オレたちのやり取りを見ながら楽しそうに待っている春日が目に留まった。
春日は普段からよく笑う奴だが、その笑みは軽薄なわけじゃない。
見ている方の気も緩ませるような雰囲気を持っているから、オレたちや名前が安心して話せる相手なんだろう。
不意に立ち上がった春日が、マグカップを運ぶのを手伝いに来た。

「おっ、福井のカフェオレだ」
「そんなに反応することか?」
「不思議なんだけど、オレが作ると味が違うんだよね〜。だから有り難み、みたいな?」
「へえ」

それは褒められていると受け取っていいんだろうか。
確かに誰かが自分のために作ったものというのは有り難いし、美味いと感じることも多い。
なんとなく名前が笑顔で料理を運んでくる姿を思い浮かべて、表情が緩む。
見れば春日もにこにこしていたから、考えることは一緒なのかもしれない。
ふと、一人だけリビングで待っていた宮地が声を上げる。

「そこのチビ二人、のほほんとしてないで早く来いよ」

いつもならチビ呼ばわりをしてきた宮地に二人揃って抗議するところだが、和んだ空気をぶち壊した奴を前に春日と目を合わせた。
その同情するような顔が言いたいことはよく分かる。

「それに比べて宮地ときたら、有り難みなんてまったく感じてなさそうだよねぇ」
「しょうがねえよ。宮地だからな」
「何に対しても面倒くさがり屋でさ〜。紅茶やコーヒーで一服する良さをわかってないよね」
「名前相手にも作ってやらないからな。ホント面倒くさがりなんだよ」

二人で結託して「宮地は面倒くさがりである」というエピソードをあれこれとあげつらうと、聞いていた宮地の表情がどんどん険しくなっていった。
このくらいは普段の物騒な暴言の仕返しとして許されると思う。
今日は名前が不在だから、他に味方もいない宮地はマグカップを乱暴に受け取り、舌打ちを一つした。

「オレを除け者にしてそんなに楽しいかよ」
「おーおー、拗ねんなよ宮地くん」
「てめぇ福井殴るぞ」
「ま、じゃれあうのは楽しいんだけどさ〜。本題に入っていい?」

各々の席に落ち着いたオレらは春日の言葉に向き直る。
マグカップを手で包む。一口だけ飲む。とりあえずテーブルに置くなど、バラバラの行動がよく個性を示していた。

「オレが名前ちゃんと一緒に帰ってきた日のこと、覚えてる?」
「街中でたまたま会ったって言ってた日か」
「春日、帰宅してからいつもより物静かだったよな?」
「うん、ちょーっと考え事しててねぇ」

その日の様子を思い返して問いかければ、肯定が返ってきた。
ほんのわずか、神妙に黙りこくってみたりぼんやりとしてみたりしていた春日を思い出したのだ。
名前はもちろんだが、宮地もそのことに気付いていなかったようで驚いた顔を見せる。

「結論から言うとね、あの日は宮地の後輩クンに会ったんよ」
「げ。…どっちだよ、緑間?高尾か?」
「緑間くん。最初は名前ちゃんと緑間くんが話してるのが見えて、それから黄瀬くんがいるのにも気付いた。びっくりしたよ、キセキが二人も揃ってたからさ〜」
「うわあ…」

想像してげんなりした。
奴らの性格についてどうこう言う気はないのだが、あの長身と迫力を兼ね備えた人物が二人も揃っている図が目に優しいとは思わない。
二つ下とはいえ、オレたちも中学時代にキセキの世代には試合で苦しめられた過去がある。
オレや宮地は、そのうちの一人が高校時代に後輩となりチームメイトとなって、いくつもの試合を共に乗り越えてきたからまだ苦い記憶が薄れている方だが、春日はどうだろう。
気になって視線を寄越してみたが、春日はあっさりした表情をしていた。

「話してみたらいい子たちだったけどね。特に緑間くん」
「どこがだよ!」
「フツーにオレのこと覚えててくれたし。緑間くんが反抗期なのって、宮地限定なんじゃね〜?」
「なんでだよちくしょう」

思わず反論した宮地を、春日がからかい混じりにけらけら笑う。
ふと、春日がその笑みを消して真面目な顔をする。
普段笑みを絶やさない奴の真顔はやはり、迂闊に口出しできない空気を作るものだと思った。
マグカップを握っていた指先がぴくりと震えた。

「別に、彼らが同窓会やってるだけなら文句はないんよ。ってかオレには関係ないことかなって。ただ相手が名前ちゃんだったから、少し気になってね」
「…つっても、名前とあいつらに交流なんかないだろ。変な偶然だったんじゃねえの」
「偶然だとは思うよ?でもさ、最近の名前ちゃんって妙にソワソワしてない?」

特に、キセキの彼らのことになるとさ。
春日の言葉にそういえば、と思い当たる節を記憶から手繰り寄せる。
オレが敦に会いに行くと言った時、やけに張り切ってついて行きたがったこと。
会った矢先、いろいろと話を聞きたそうにしていたこと。
誰だって初対面の敦には多少ビビるものなのに、自分から積極的に話をしに行ったこと。
考え込むオレのことを、春日が指差した。

「はい。そこの福井くん」
「…なんだよ」
「なんとなく分かるっしょ?宮地に教えてあげて」

すでに察していそうな春日と、訳が分からないと言いたげな宮地の、二人の視線が自分に集中する。
憶測の域を出ない上に自意識過剰だと思われそうだが、思い切って言うことにした。

「春日。一つ確認していいか」
「どーぞー」
「オレたちがバスケの話をする時、名前はいつも楽しそうに聞いてる。けれど、少し寂しそうでもある。これはオレの勘違いじゃないよな?」
「うん。間違いないと思う」

思い当たる節があったのか、宮地も考え込む素振りをし始めた。
オレは構わず話を続ける。

「あいつはバスケの知識がないから話に加われない。ずっと聞き手だ。だから、昔のオレたちを知っているキセキから昔話とかバスケの話を聞けば、多少は話が分かるようになると思ったんじゃないのか」
「たぶん同年代だから話しやすいっていうのもあったんだろうねぇ」

比較的のんびりと話すオレたちに反して、宮地が理解できないという風に口を挟む。

「あいつ、疎外感なんて感じてたのかよ?」
「自覚ナシだろうけどね〜。ま、オレら全員年上だし男だし」

男なのはキセキも一緒だろ、と突っ込むオレに春日が笑う。
なおも微妙な表情を続ける宮地に、笑顔の春日が止めを刺した。

「きっと名前ちゃんが高尾くんとやたらメールしてるのも、昔のこと知りたいんだと思うよ?宮地の昔の写真見せてもらったー、ってこの前オレに嬉しそうに話してたもん」
「…バカじゃねえの」

精一杯の照れ隠しがそれかよ。
とは言わないでおいた。
完全に自意識過剰ではあるが、名前はオレたちに興味を持ってくれているんだと思う。
やたら昔の話を聞きたがるのもそのせいだ。
きっと本人は、「相手についてよく知っておいた方が、一緒に暮らす上で迷惑を掛けずに済む」くらいにしか考えていないだろうが、その気遣いや好意が嬉しいことには変わりがないわけで。

「まー、どんな理由でも他の男と話してるのはあんまり面白くないけどね〜」

いきなり物事の核心を突いた春日に、図星だったオレと宮地が肩をびくつかせた。
一番自分に素直であるらしい春日は何でもないように続けた。

「ほら、妹が取られるような気分にならない?」
「…ああ」
「否定はしねぇよ」

頷くしかないオレたちに、春日は笑った。
マグカップの中身が作り出す水面に目を落としている。
カフェオレはもう冷めてしまっただろう。

「だから、オレもこの前は大人気ない真似しちゃった。歓談中のところを半ば無理やり連れ帰るなんて、自分でもびっくりしたもん」
「お前そんなことしてたのか」
「うん。褒めてくれてもいいんよ〜」

後半は聞かないふりをしておいた。
それにしても、自分たちが原因とはいえ名前がいろんな奴に友好的というのはいろいろと不安だ。
人が好すぎるところもあるから、しばらくは注意して見ておいた方がいいかもしれない。
そう思ったのは三人とも同じだったようだ。

「頑張れ、宮地セコム。その暴言スキルが役立つ時だって」
「うるせーよ」

春日の言葉に、心配性の兄のような気分が多少和らいだのだった。

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