愛想良くにこにこと笑っている黄瀬涼太さんを一瞥した緑間くんはこちらへ向き直って言った。

「名字、本屋に戻るぞ」
「え、でも知り合いじゃあ…」
「そうっス知り合いっス!お願いだから無視しないで!」

腕にしがみつくようにして引き留められた緑間くんは、地を這うような低い声で「うるさい。離れろ」と、容赦がない。
「そう言わずに!」「いいや離れろ」と、賑やかな二人のやり取りを呆気にとられて見守っていると不意に目が合った彼がにっこり微笑んできた。

「はじめましてー。きみが知っての通り、モデルの黄瀬涼太って言います!」
「あ、初めまして。名字名前です。黄瀬さんは緑間くんのお友達なんですか?」
「やだなー、敬語もさん付けもいらないっスよ!涼太くんでも涼ちゃんでも好きに呼んでくださいっス」
「じゃあ、黄瀬くんで」
「あらら。つれないっスねー」

私は雑誌の写真くらいでしか彼を見たことがないので、現実の本人のイメージに多少なりとも驚いていた。
ずいぶん気さくな人なんだなぁ、と不思議な気分で握手を交わす。
何故かその手を離さないまま、黄瀬くんは興味津々といった様子で私を見た。

「それで、名字さんは緑間っちとどういう関係なんスか?彼女さん?」
「お前はまずその無粋な態度を改めろ」

冷静な一言と共に緑間くんが私と黄瀬くんを引き離した。
へらりと笑って楽しそうな黄瀬くんと、どこか苛々したように眉間にシワを作る緑間くんには既視感があった。
少しだけ、隆平さんと清志さんのやり取りに似ているかもしれない。

「ほら、やきもち!」
「断じて違う。野暮な詮索はやめろ。それとオレに気安くするな」
「え、オレら気安い仲っスよね?何年の付き合いだと思ってんスか〜」
「はあ…」
「ため息やめてほしいっス」

黄瀬くんのやや早い喋りに慣れてくると、これはこれで気心が知れた仲なのだろうと察しがついた。
本当に嫌ならば、緑間くんは黄瀬くんをもっと邪険に扱うはずだ。

「二人は仲良しなんだね」
「お前まで何を言い出すのだよ!」
「そっスよ!オレと緑間っちはマブダチだから!」

心外だと言いたげな緑間くんとノリのいい黄瀬くんの返しが息ぴったりで面白い。
ただ、黄瀬くんは本気で仲のいい友達だと思っていそうなのに、緑間くんも本気で否定をするから少し不憫に思える。
呆れたように、緑間くんは改めて私を手で指し示した。

「お前が勘ぐるような仲ではない。彼女は先輩の…」

先輩の、と言いかけてどうやら後が続かなかったらしい。
確かに、この前会った場面だけでは私と清志さんがどんな関係か測りかねるだろう。
どういう仲だ?と緑間くんが視線で問うてくる。

「友達ってことでお願いします」
「…だそうだ」
「でも、その先輩の彼女ってわけじゃないんでしょ?緑間っちにも可能性あるじゃないスか!」
「お前は人の話を聞いていたか?」
「だって、緑間っちに脈アリならオレも安心して話せるじゃないっスか。好きになられる心配ないっていうか!」
「臆さず絡んできた理由はそれか。自意識過剰な奴め」

どうやら黄瀬くんは私と緑間くんの仲を疑っているらしい。
最近こういう話が多いなぁ、と苦笑いになる。
あの三人と一緒にいて、ただでさえ関係を問われる機会は絶えないというのに。
こちらに向き直った黄瀬くんが笑顔で寄ってくる。

「いろいろ話も聞きたいし、ひとまずお茶しないっスか?」
「おい黄瀬…」
「あ、心配しなくても緑間っちが奢るんで!」
「おい」

お誘い自体に断る理由はなかったと思う。
それでも乗り気になれなかったのは、今日の食事当番が私だったから。
本屋に寄るだけのつもりが結構時間を使ってしまったし、あまり遅くなると心配をかけてしまう。
それに、黄瀬くんの明るい髪色は親しい彼らを思い起こさせて、頭の片隅では家のことばかりが気に掛かる。
相手の気を悪くさせないように断らなくては、と思ったとき。
後ろからぎゅう、と誰かに抱きしめられて私は目を瞬かせた。
目の前の二人も驚いたようだ。
家の中であっても外であっても、こんなことをしてくる人を私は一人しか知らない。

「うちの子に何の用?」

隆平さんの名前を呼ぼうとして、耳元で聞こえた声に思わず口を閉じた。
いつもみたく間延びしていない口調と落ち着いた声音に戸惑ってしまう。
これじゃあ、まるで警戒する態度みたい。
不安な気持ちで振り返り見ると、隆平さんは笑みを返してくれた。
いつも通りの優しい顔にほっとする。

「えっと…どちら様っスか?彼氏さん?」
「んー、まあそう見えるんならそう思っといて」
「…え?」

私たちの様子を見ての黄瀬くんの発言より、隆平さんの返した言葉の方が聞き捨てならない。
今までもこういう質問をされた時、曖昧にごまかすか否定をしていた隆平さんが肯定とも取れるような返事をするなんて。
そこで緑間くんがすっと前に出ると、隆平さんを見て口を開いた。

「正邦の春日さんでしたか」
「およ?オレのこと知ってるん?」
「月バスでも取り上げられるほどの強豪校…そのPGともなれば。北の王者、ビデオを見て研究させてもらいました」
「うわ懐かし〜。それ二年前の関東大会の話っしょ?あの時は秀徳ともやりたかったな〜」

親しげに交わされる会話はバスケに関することだと察しがついた。
街中でたまたま巡りあった相手の顔と名前が一致するなんて、隆平さんや緑間くんたちは私が想像するよりずっとすごい選手だったのだろう。
私を腕に収めたまま、隆平さんはふふと笑った。

「秀徳といえば、宮地とは仲良くさせてもらってるよ。君はいい先輩を持ってるね」
「…そうですね」
「あは、もうちょっと興味持てばいいのに。オレと宮地じゃ接点がないって疑問に思わないの」
「きっと彼女つながりの縁なんでしょう」

緑間くんが私に視線を合わせてきた。
話の中心が自分になったことに慌てふためくと、後ろから隆平さんが頭を撫でてくれた。
子どもにするみたいな手つきだ。

「間違ってはいないかな。名前ちゃんはオレとも宮地とも仲良しだもんね〜?」
「あ、はい」
「その宮地ともこの後会う予定だからさ、この子つれていくね」

嘘は言っていない。
家に帰れば清志さんがいるだろうし、きっと晩御飯を待っている。
もちろん健介さんも待ってくれているだろう。
気になったのは、隆平さんのどこか有無を言わせない雰囲気だった。
私は彼に何かを言うこともできないまま、帰ることを承諾した。
ふと、別れ際に緑間くんがこんなことを言った。

「お前は不思議な奴だな。多くの人と縁がある」

私はその言葉に頷いた。
自覚していないだけで、私が誰かと誰かを引き合わせる役割をしていることもあるのかもしれない。
黄瀬くんは少し残念そうにしながら見送ってくれたので、手を振りつつその場を離れた。
私の片手を引いて、隆平さんはすたすたと歩いていく。
いつもは歩幅を合わせてくれるのに。
早歩きで隣に追いついて横顔を覗くと、なんだか険しい顔をしていた。

「隆平さん?」
「名前ちゃん」
「はい」
「きみが連れていかれるかと思って焦っちゃった。あーあ、大人気ないことした」

ふにゃりと笑うと、そこで力が抜けたように隆平さんはため息を吐いていた。
具合でも悪いのかと尋ねれば、緩く首を振って否定される。

「ちょっとね。緊張したわ〜…イケメンと美形の高身長に挟まれるとは」
「私の方こそ緊張しました」
「あ、そうだよねー…もうちょい早く連れ出せたらよかったんだけど。名前ちゃん、慣れない人相手で大変だった?」
「そうじゃなくて。どうして隆平さんは自分を除いて話をするんですか?」

隆平さん含め、異性として目立つ三人に街中で囲まれて萎縮してしまっていたのは私の方だ。
一緒に住んでいる三人ならともかく、まだあまり話したことのない緑間くんや黄瀬くんがいたからかもしれない。
私が見知らぬ二人を相手に緊張していると思っていたらしい隆平さんは、ぱちくりと目を瞬かせた。

「…オレも数に入ってんの?」
「隆平さんだって、あの二人に負けないくらいキレイでかっこいいと思いますよ」

何故か自分をかっこいいという括りから外している隆平さんに笑顔を向けた。
気遣いができて人を理解するのが上手で、さり気なく助けてくれる。隆平さんはそういう人だ。
もう日常として慣れてしまったけれど、私は頼れる人達と一緒に暮らしているんだと思う。
私の言葉にちょっと複雑そうにしながらも、隆平さんは笑った。

「またそうやって安易に褒める。キレイは余計」
「本当のことですよ」
「ふうん?ね、名前ちゃんは何か用事があってここに来たんじゃないの?」
「あ」

すっかり忘れていた。
せっかく緑間くんが思い出させてくれたのに、黄瀬くんとのやり取りや隆平さんに会ったことで、当初の目的はすっかり思考の彼方にあった。
どんなに些細な用事でも、言えば付き合ってくれるだろう隆平さんを上目で見やる。

「遠慮しないで言ってごらん」
「…あの。本屋に行きたくて」
「そっか。じゃあ一緒に行こう」

それが当たり前のように、隆平さんは手を引いて連れていってくれる。
どうしてだろう。
緑間くん相手にはあんなに付き合わせるのが悪いと思ったのに、隆平さんの場合だと安心して行き先を委ねられる。
それは生活を共にしてきた信頼関係があるからだろうし、隆平さんだからという理由もあるだろう。
一人で納得する私の心情を知ってか知らずか、隆平さんは穏やかに言った。

「用事を済ませて早く帰ろっか。宮地も福井もきっと待ってるよ」

その言葉には、帰る場所が同じだという安心感がある。
それぞれ別に出掛けていた私と隆平さんが揃って帰宅したら後の二人はとても驚く気がして、その様子を想像したらあたたかい気持ちになった。
早く帰って、ご飯を作らなきゃ。

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