目覚まし時計を止めるのはこれで三度目。
それぞれが鳴る間には10分ほど間隔があって、ゆっくりと時間をかけて起きるのが休日のひそかな幸福。
たまに、昼間までひたすら惰眠を貪りたいと思うことだってあるけれど、きちんと起きることに専念する。
結局時間を無駄にしてしまうのは分かっているのだし、何より朝食を作って待ってくれている人がいる。

「おはようございまーす…」
「お、起きたか。おはよーさん」

簡単に身支度をして部屋の扉を開くと、広々とした共同スペースに料理をするいい匂いが立ちこめていた。
このマンションの階の作りは特殊で、四つの一人部屋に囲まれるようにしてリビング、キッチン、バスルームなどを集めた大きな空間があって、生活に関することはそこで出来るのだ。
本来なら仲のいい同性の友人数人がルームシェアのような形で暮らすのにいいと評判で、実際人気のある物件なのだけれど、訳あって私は三人の男の人とここで暮らしている。
私の言葉に奥のキッチンから少し顔を覗かせた姿におや、と思わず首を傾げた。

「健介さん?今日は当番じゃないですよね」
「ああ。今日は宮地の番なんだけどよ、あいつ昨日は社会人のバスケチームの助っ人をやった上に、飲み会で泥酔して帰ってきたらしくて…さっき声掛けたけど死んだように眠ってたからな。仕方ねーよ」
「相当疲れてたんでしょうね」
「だな。飯が出来上がるギリギリまでは寝かせてやるか」

それでも放っておかないのが不思議と私たちのルールになっていて、余程やむを得ない状況でなければ必ず四人で食卓を囲む。
仲良く生活をともにすること、それはこのマンションの管理人の意向でもあるのだ。
たとえ寝起きが辛くとも、当番の人が丹精こめて作った朝食はきちんと食べてもらって、他三人の二度寝や用事はその後にしてもらうしかない。
でも、これはいい習慣だと思う。
プライベートをそれぞれの部屋で過ごすのもいいけれど、この広いリビングで騒ぐのもまた楽しいことだから。
キッチンまで歩いていって、料理をする健介さんに並ぶ。
味噌汁の鍋を温めるコンロに魚焼きのグリル、白米を炊いている炊飯器と、キッチンの中はフル活動中だ。

「だから当番を代わってあげたんですか?」
「そー。昨日もオレの番だったからな…似たような献立で悪いけど我慢してくれ」
「そんな。私、健介さんの作る和食好きですよ」
「…そっか?ふ、サンキューな」

慣れた手つきで卵を割る傍ら、私を横目で見た健介さんが優しく微笑んだ。
細身の身体にエプロンがしっくりときていて、正統派・日本の朝食といった献立が得意なところも合わせて、健介さんはまるでお母さんのような印象だ。

「不思議と落ち着く味というか、懐かしい感じがします」
「お袋の味ってか?そんな大層なもんじゃねーけど…オレは出身が秋田だからな、つい味付けが濃くならないようには気を遣う」
「でも、気になったことないですよ」
「だから、それはオレが気にしてるからだっつの」

作業の合間に空いた指先で頬をつつかれる。
ちょっと困ったような顔をした健介さんに、思う。
どれも本当に美味しいのに。
それが分かりやすく表情に出ていたのか、くるくると手早く玉子焼きを完成させて健介さんは振り返った。

「ま、褒めてくれたのは素直に嬉しかったからな。ほれ口開けろ」
「え?」
「味見してくれよ、これ」

包丁で切った端の一切れをつまんで、健介さんが笑う。
寝起きの空腹時にできたての玉子焼き。
ご褒美にしか思えなくて、深く考えずに彼の差し出した手からそのまま食べてしまった。
そのとき、指先が唇を撫でていく。

「塩辛くねえ?」
「おいしいです」
「…塩加減を聞いてんだけど」
「いつも通り、おいしいです」
「はいはい、わかった。んじゃ盛りつけるわ」

何でもないように自分の指をぺろりとやって、頷いている健介さん。
その仕草から少し気を逸らすように、お茶を淹れようと食器棚に向かった。
そのとき、リビングの方から扉の音がして間延びした声が聞こえてくる。

「おはよ〜…あれ、福井が作ってんの」
「はよー。色々あってな」
「おはようございます、隆平さん」

また一人分、空気が賑やかになる。

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -