ある日の午後。
学校帰りに寄り道をしようと、途中駅で下車をした。
品揃えのいい大きな書店を目当てに、人混みの中を歩いていく。
好んで読んでいる作家の新刊が出ているはずなので、その購入ついでに他の本ものんびり見ていこうと思っていた。

「あ…」

看板が見えてきた頃、書店の正面出口から見覚えのある人物が出てきて思わず声が出た。
さらさらの緑の髪と、印象的な高身長。
清志さんの後輩である緑間くんだ。
彼を見るのは初めて会った時以来だったけれど、高尾くんとのやり取りが増えれば必然とチームメイトの彼の話も多く聞くわけで。
緑間くんだけではなく、私は大坪さんや木村さんといった先輩たちのことも高尾くんから聞いている。
もちろん緑間くん以外の人に直接会ったことはないし、彼らの性格や容姿は想像の域を出ない。
それでも、彼らが清志さんと仲良くしていたという話は高尾くんによく聞かせてもらっていた。
そのことを思い返しながら、これも何かの縁だと思った私は緑間くんの背中を追いかけた。
が、しかし。
都会特有の人混みと歩幅の違いからなかなか緑間くんに追いつけず、距離は開くばかり。

「ま、待って…あ、すみません!」

高尾くんの話からなんとなく彼を知った気になっているけれど、実際はそこまで親しくない緑間くんの名前を大声で呼ぶわけにもいかず、どんどん人波に流される。
もう見失ってしまった、追いつけないと思った瞬間、誰かに肩をつかまれて人気のない路地の方へ引っ張り出された。
もみくちゃになった身なりと呼吸を整えてから顔を上げると、緑間くんが微妙な面持ちで立っていた。

「誰かが人に流されていると思えば、お前か」
「…ごめんなさい。助けてくれてありがとう」
「別に謝罪はいらないのだよ」
「そう?でも、見失わずに会えて良かった」

笑いかけると、彼はますます不思議そうな顔をした。
緑間くんからすれば、たった一度会っただけの他人が必死に追いかけてきたのだから、変だと思って当然かもしれない。

「見たところオレを追っていたようだが、何か用か?」
「用事はないんだけどね。私、高尾くんとメル友だから緑間くんの話もよく聞いていて」
「そうか」
「それで妙に親しみを感じているというか、見かけたから挨拶をしようと思って」

よくよく考えればおかしな理由だ。
その証拠に、緑間くんは不思議そうにしたまま淡々と言い返してきた。

「オレの方は、別にお前に親しみを感じていないぞ」
「そ、そうですよね…」

同年代とはいえ、彼にはっきりとした物言いをされると自然と敬語になってしまう。
私ばかりが久しぶりの再会に嬉しくなって馬鹿みたい、と恥ずかしくなった。
温度の上がった頬を手で押さえて、馴れ馴れしくしたことを謝ろうとしたとき、緑間くんがふわっと空気に溶かすように小さく笑った。

「ふ、…悪い。少しからかった」
「え?」
「オレも少し、親近感を抱いている。お前の話は高尾がよく聞かせるからな」
「本当?」

微笑んだのは一瞬で、すぐ真顔に戻った緑間くんがこくりとうなずく。
私が高尾くんに話すのはもっぱら清志さんの近況なのだけれど、お互いの日常といった他の雑談をすることもある。
その些細な雑談が筒抜けなのだから、高尾くんと緑間くんはよほど長く一緒に過ごしているのだろう。
さすがは相棒といったところか。

「高尾が、気の利く可愛い女性だと褒めていた」
「へえ……えっ!?」
「どうした、大きな声を出して」
「ちょっと、びっくりして」
「あいつは人の本質を見抜くことに長けている。褒め言葉は素直に受け取っておくといい」
「うん…」

緑間くんがさらりと言った台詞にかなり動揺してしまった。
面と向かってそんなことを言われると照れくさいものがある。
高尾くんとしては社交辞令の軽いノリで言ってくれたんだろうけれど、緑間くんがさらにそれを肯定するような物言いをするから。
本人は何でもない顔をしているから余計に、ちょっと恐ろしい人だなぁと思う。
ふと思いついたように、緑間くんはこちらに視線を向けた。

「宮地さんは元気にしているのか。あれ以来会っていないのだが」
「うん、それはもう。昨日もカレーを…」
「カレーを?」
「い、一緒にカレーを食べに行ったんだけどね」
「二人とも、そんなにカレーが好きなのか」

怪訝そうな緑間くんに黙ってうなずく。
いけない。危うく昨日の晩御飯エピソードを暴露しそうになった。
高尾くんにも緑間くんにも同居の件を話してはいけないと、清志さんには口止めされている。
なんとなく、清志さんの気持ちも分かる気がする。
他人からの好奇心を上手く受け流す隆平さんや健介さんに比べて、彼は人に色恋沙汰を探られるのを鬱陶しがる性格だ。
同居という言葉一つを頼りに、いろいろと勘ぐられるのが面倒なのだろう。
私からすれば、清志さんを含めた三人の生活はすっかり日常に溶け込んでいるものだから、世間話のように口をついて出そうになってしまう。
勘のいい人には何かしらの違和感を感じ取られかねない。
緑間くんが鈍い人であることを願いながら、私は適度に嘘を混ぜつつ清志さんの話題に収拾をつけた。
深く追及されないところを見ると、緑間くんはそこまで疑問には感じていないようだ。

「名字はこの近くに住んでいるのか?」
「ううん。今日は本屋に寄りたくて来ただけ。そうしたら緑間くんに会ったから」
「まだ用事は済ませてないのだろう?付き合おう」
「いいよいいよ、気にしないで」

律儀にも私用の邪魔をしたと思ったらしい彼の申し出を断ろうと思った。
こうして邪険にせず、会話に応じてくれただけで私は十分に嬉しい。
あまり引き留めてしまうのも悪いから、と手を振り去ろうとした時だった。

「あー!緑間っちが女の子連れてる!」

明るい声音と共に、こちらへ歩み寄ってくる人物がいた。
緑間くんが露骨に鬱陶しそうな表情を向けた方を見れば、こちらが怯むほどかっこいい男の子が笑顔で立っている。
私は言葉を失って立ち尽くしてしまった。
帽子と眼鏡をしてはいるけれど、その顔立ちには見覚えがある。
変装などでは隠しきれない、その華やかな雰囲気は芸能人が纏うそれだ。
雑誌でも目にしたことがある彼は、確かモデルの。

「黄瀬涼太…さん?」

大勢の人が絶え間なく行き交う街中で、必然と声を潜めて問えば、彼は伊達らしき眼鏡を外して「はいっス!」と答えた。
隣で緑間くんが、大きなため息を吐くのが聞こえてきた。

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