「あー…暇だよ宮地ぃ」 「オレに言うなよ」 福井と名前の二人が出掛けたあと、春日はふてくされたようにソファーでゴロゴロとしていた。 それを横目に、二週間後に提出のレポートを書き進める。 試験の時期に重ねて課題を出すのならもっと早くにテーマを発表しろという話だ。 オレがこぼす悪態は意に介さず、春日はぶつくさ言いながらクッションをいじくり回していた。 「だらだらしてるくらいならその辺走ってこい。体なまるぞ」 「オレは宮地と違ってバスケサークルじゃねーし、どこで生かすんよ」 「いや、うっとうしいから言ってみただけ」 「何なのさ〜、宮地やさしくなーい」 お前に優しくしたって、何の得もないだろうが。 今時手書きのレポートを要求してきた教授を恨みつつ、資料片手に内容を考える。 男二人しかいないリビングスペースには、オレがシャーペンで机を叩く、こつこつという音だけが響く。 ソファーにだらりと寝転がっている春日は誰がどう見てもだらしない。 休日には大抵どこかに出掛けているのが常である奴だが、今日は福井に予定を作られたのと名前を連れていかれたことですっかり意気消沈しているらしい。 ここまで露骨に落ち込まれると多少わざとらしい気もする。 こんな風にうじうじしては話しかけてくるのも、意外と寂しがりで人に構ってほしいところがあるからだ。 「ね〜、宮地。これからどっか買い物行かん?」 「オレは課題やってんだよ、見りゃわかるだろ。別に必要な買い物もないしな」 「あらら、つれないねぇ。この前名前ちゃんに誘われて浮かれてた時とは大違いだ」 「…浮かれてねーよ轢くぞ」 それに野郎二人で出掛けたってむさ苦しいだけだろ、と一蹴したつもりが、春日はわずかに首を傾げて何かを考えているようだった。 次いでにこりと笑い、言葉を落とす。 「確かに、考えなしに宮地連れてくと面倒かも。道行く女子がほっとかないしぃ」 「はあ?意味わかんね」 「ちょっとは自覚しろよ〜?このイケメンが〜」 投げやりな言葉と揶揄するような笑みを寄越されて、苦い顔になった。これは褒め言葉ではないだろう。 そういえば名前のやつも、待ち合わせのたびにオレのことを「目立つ」とか「見つけやすい」だとか、よく分からないことを言う。 どいつもこいつも人のことをからかいやがって。 この明るい髪色が悪いのか、と前髪をつまんでいじっていると春日が呆れたように言った。 「宮地って結構天然だよね〜…」 「ああ?」 「何でもないって。おやつ食べよっと」 おもむろに立ち上がってキッチンの方へ向かう春日の後ろ姿を見送った。 さらりとした髪は長めで、オレや福井とも似た艶のある飴色をしている。 派手というのは髪のことを言ってるわけじゃないのか、と思い直したところで、「あー!」という悲鳴じみた声が聞こえてきた。 「宮地、ちょっと来て!」 「うっせーな、何だよ」 「昨日のパウンドケーキ超減ってるんだけど!」 「…は?うわ、マジか」 キッチンに足を踏み入れたところで、ずいと差し出された皿にため息が出た。 昨日、名前がケーキを焼くついでに追加で作っていたそれがごっそり減っている。 本気で落胆した様子の春日を前に、今朝のことを思い返して答えに行き着いた。 「…あの時だな。名前が家を出る間際になんかごそごそやってたと思ったら、これか」 「持ってっちゃったってこと?」 「手土産にいいと思ったんだろ。妙なところで律儀だからな、あいつ」 「うっそー…二十切れはあったのに」 皿に残っているケーキは、五切れ。 半分以上持っていったのか、と呆れたとき春日と目が合う。 家にいるのはオレと春日だけで、残っているケーキの数は割り切れない。 にこりと不敵に笑ったのは二人同時だった。 「じゃん」 「けん」 「ぽん!……ああ〜」 「わりーな、もらってくわ」 三切れをわしづかみ、そのうちの一切れを口にくわえながらリビングの方へ戻る。 課題のためにいい糖分補給ができそうだ。 後ろからとぼとぼ歩いてきた春日は「厄日だ…」と小さくつぶやいていた。 大げさだろ。 「はあ、名前ちゃんと福井早く帰ってこないかな〜」 「今日はもう一緒に出掛ける時間ないんじゃねえの」 「晩御飯だけでも食べに行けるじゃん」 「あ?メシのためだけに外出って…オレ、お前のそういうところマジで理解できない」 「宮地はただの出不精っしょ」 「家で全員揃って、当番の奴が作ったメシ食う方がうまいだろ。…なに見てんだよ埋めんぞ」 まっすぐ見つめ返してくる春日の視線に、自然と出てきたはずの言葉はだんだんと小さくなっていった。 いま、オレはとても気恥ずかしいことを言ったんじゃないんだろうか。 別に、一緒に食べる人数が多いほど食事を美味くするなんて話を信じているわけではない。 外食は高くつくし、わざわざ出掛けるのは面倒だという、それだけの理由だ。 意外そうな春日の視線に耐えきれず、顔を逸らす。 「うん、そうだね。正論」 「…おう」 「ふーん、そっか〜…宮地ってばオレらのこと大好きなんだね〜」 「ちげえ!!」 「照れなくていいんよー」 相変わらずソファーに身を置いている春日に向かって手近なクッションを投げつけたが、よけられた。 にやにやとしながらスマホを取り出すので、嫌な予感がして思わず立ち上がる。 「…何してんだよ」 「宮地がデレたから早く帰っておいでって二人に送ろうかと」 「余計なことすんな!」 はあ、とため息を吐いて前髪をくしゃりとかきあげた。 とても課題に集中できるような気分ではない。 こちらの様子をうかがう春日の胸ぐらをつかみ、玄関へ引っ張り歩くと戸惑った声を上げた。 「え、なに。ケンカならオレ負けないけど」 「ちげえっての。変なとこ血気盛んになってんじゃねーよ」 「じゃあ何さ〜」 「春日」 「ん」 「息抜きにストバス行くぞ」 オレの言葉に春日が一瞬驚いたようにしてから、次いで楽しそうに笑った。 途端にやる気を見せて靴を履く姿には、こちらまで笑ってしまった。 バスケやってりゃ、あいつらが帰ってくるまであっという間だ。 四人の家にしっかり鍵をかけて、オレたちは急かされるように走り出した。 |