都心にほど近い、人で溢れかえった駅に着いた。
若者が遊ぶには定番といった感じの街で、私たちが住むマンションの最寄り駅とはまた雰囲気が違っている。
きょろきょろと忙しなく周りを見渡していると、指先でつかんだ服のすそが揺れた。
はぐれないようにと申し訳程度に握っているすその先で、健介さんが笑ったのだ。

「そんなに物珍しいか?お前、都会っ子じゃん」
「あのですね、健介さん。たとえ都内でもそれなりの田舎はあるんですよ。私はそっちの出身なんですから」
「んなこと言ってもよ、東京の人間が言う田舎なんてほんとの田舎じゃねーべ」

普段は出さない、少し訛った口調で健介さんはため息を吐いた。
遠征で何度か東京を訪れたことはあっても、やはり慣れないうちは都会の人波が恐ろしかったと、彼が繰り返しぼやいていたことは知っている。
他愛ないことを話しながら駅の階段を下りていて、たまたま視界に入った光景に私は思わず足を止めていた。
駅前のロータリーの脇に、とても目を引く男性二人がいた。
一人は、とにかく身長が高い。
清志さんよりさらに高いのではないだろうか、鮮やかできれいな紫の長髪も合わせて、その姿は目立つことこの上ない。
その彼の傍らで親しげに会話している男性は、おそろしく整った面立ちをしている。
さらさらした黒髪が左目を隠していてミステリアスな雰囲気なのに、笑顔は人をドキリとさせる優しいものだ。
都心にはあんなに目立つ人もいるんだなぁ、と思ったところで、私の視線の先を目で追ったらしい健介さんはおもむろに手を挙げた。

「お、もう着いてんのか。氷室ー、アツシー!」
「えっ…」

まさか今見ていた二人が待ち合わせの人物だとは思わなかったので、彼らをためらいなく呼んだ健介さんの方を振り返ってしまった。
背の高い彼と美人な彼がこちらに気付いて、歩み寄ってくる。
あらゆる意味で迫力のある二人に、健介さんの後ろに隠れるとまではいかないけれど一歩引いてしまった。
そんな私に気付いているのかいないのか、背の高い人の方がへらっと笑って言う。

「わ〜福ちん久しぶり〜」
「お前相変わらずだなー。先輩には敬語使えよ」
「こんにちは、福井さん。そちらの彼女も、初めまして」
「は、初めまして」

黒髪の彼にごく自然に笑いかけられて、慌ててお辞儀をした。
私が誰なのかを気にするよりも先に、挨拶をしてくれた彼の気遣いを尊敬する。
対して、やはり私に気付いていなかったらしい長身の彼はぼーっとこちらを見つめてきた。
その口には駄菓子のスナックがくわえられている。
お菓子をいつも食べているということはもしかして、彼が。

「あなたが、アツシさん?」
「そーだけど。なんでオレの名前知ってんの?」
「あ、す、すみません。健介さんから聞いたのがうつっちゃったのかな…」
「健介?ああ、福ちんのことか。ね〜誰なの、このコ」
「こらアツシ、野暮なことを訊くものじゃないよ」
「おーい。お前ら、収拾つかないからまずは紹介させろ。あと氷室、変に勘ぐるな」

やいのやいのと三者三様に好き勝手話していたところに、健介さんがパンパンと手を強く打ち鳴らした。
すると、反射的に他二人がびくっとして、緊張したように姿勢を正してから微妙な面持ちで健介さんを見返した。
よく通る声の主は、いつもより大人びた表情で笑いながら後輩たちを見ている。

「…びっくりした〜。福ちん、それやめて。部活の練習思い出す」
「よくこうやって話聞けって叱ったよな。懐かしいもんだぜ」
「福井さんのそれを聞くと、自然と体が反応してしまうんですよ」

楽しそうに笑う健介さんをぼんやり眺めていると、「名前、騒がしくて悪いな」と言われたので首を振る。
清志さんが高尾くんや緑間くんに接する態度とは、また違う。
いかにも後輩ですという空気を身にまとっていた高尾くんと違って、二人は身長も高く大人びていてあまり同年代という気がしない。
そんな彼らをたやすく取りまとめる健介さんは先輩然としていて、私の知らない姿が垣間見えた。

「こっちが氷室辰也。オレの一つ年下で、今は大学の後輩だな」
「福井さんにはいつもお世話になってます」

健介さんの言葉に、氷室さんがにこりと表情を緩めた。
どんな仕草もきれいな人だ。

「でかい方が紫原敦。二つ下だから、お前と同い年か。前にも話したことあるけど、お菓子好きの巨人でいろいろやべえ奴」
「オレの紹介テキトーすぎない?ま、よろしく〜」
「名字名前です。よろしくね」
「名前は…まあ、オレの友人みたいなもんだ。二人ともよろしくしてやってくれ」

改めて氷室さんたちにお辞儀をした。
二人とも、それぞれ個性がはっきりしている。
噂で聞いていたアツシさんを紫原くんに訂正し、その姿をじっと見上げる。
何度見ても、大きい。

「…身長、訊いてもいいですか」
「えー?2メートル超してるのは確かだけど、細かいのはわかんない」
「昔大会に出た時は208センチだったんじゃないか?」
「へえー…17センチも高いんだ」

フォローを入れた氷室さんに対して私がぽつりと漏らした言葉に、二人が健介さんを振り返ったので、はっとした。
つい出てしまった独り言は以前に聞いた清志さんの身長と比べたものだから、紫原くんが子供のように首を傾げる。
私の身近で背が高い人といえば清志さんなのだけれど、彼らがそれを知る由もなく。

「福ちんとは、もっと差あるよね〜?あんまり変わってない?」
「うっせえ指差すな。あと比べんな」

手でおおよその身長差を測った紫原くんを軽くあしらう健介さんには、私が誰を想像したのかお見通しだったらしい。
こちらへよこした視線が苦笑いを思わせたから。
言い合いをする二人をよそに、ふと氷室さんが「それは何?」と指摘してくれたので、私は手土産の存在を思い出した。

「そうだ、良かったら氷室さんと紫原くんにこれを」
「なーに、食べ物の話?」
「さすがアツシ、こういう時だけ反応早いよね…」
「何か持ってきたのか、名前」
「昨日焼いたパウンドケーキの余りを持ってきたんです。多すぎたらごめんなさい。でも、お菓子好きって聞いてたから」

見た目より重たい箱を差し出すと、紫原くんの表情がぱっとほころんだ。
彼が笑顔になると幼さが増して、なんだか親しみやすさを感じる。
軽々と箱を受け取った紫原くんが嬉しそうに言う。

「福ちん、このコいい人だね〜」
「だろ?餌付けとは名前もやるなー」
「オレからも礼を言うよ、ありがとう。ほら、アツシもお礼」
「ありがと〜、でもちょっと量少ないね」
「お前はいちいちケチつけんな!」

別に餌付けのつもりはないとか、あれほど詰めたのに足りないなんて、とか言いたいことは尽きなかったけれど、声を大きくしながらも活き活きしている健介さんを見た私は自然と言葉をなくしていた。
一緒に暮らしているだけでは、気付けない表情がいっぱいあるんだと思う。
これからどこへ遊びに行くかと話し合っている健介さんと氷室さんを横目に、私はおずおずと紫原くんに歩み寄る。
今日ここまでやってきた目的は、本人にバレないうちに早いところ済ませておきたいと考えたのだ。

「紫原くん、ちょっといいかな」
「ん、いただいてます。おいしいよ〜これ」
「あ、ありがとう」

先ほど渡したケーキをすでに何個か平らげたらしい彼は、新しく一切れをつかんで口に運ぶ。
氷室さんの分も残しておいてほしいなあ、とは思ったけれど、それより優先させたい好奇心のままに私は口を開いた。

「紫原くんは、キセキの世代の人なの?」
「んー、まあ。そう呼ばれてるかな」
「じゃあ、そのことも踏まえた上で訊きたいの。健介さんって、どんな先輩だった?」

健介さんであれ清志さんであれ、彼らの思い出話の中にはいつも「キセキの世代」と呼ばれる後輩が出てきた。
高校バスケにほとんど精通していない私からすれば、健介さんや清志さんといった先輩たちとよほど(因)縁深い後輩というイメージがあるくらいだ。
私が身を乗り出すようにして尋ねるのにひるんだ様子もなく、紫原くんは頭をかいた。

「どんな先輩…か。室ちんの方がうまく答えると思うけど、オレの勝手なイメージでいい?」
「も、もちろん!それが聞きたい!」
「福ちんはオレが一年の時に三年でPGでー、ポイントガードってわかる?」
「えーと、チームの司令塔だっけ」
「そうそう。ポジションの一つでさ〜」

清志さんのバスケサークルで手伝いをしていた時のことを必死に思い出しながら、彼の言葉にうなずいた。
馴染みがない世界でも、聞いたことのない言葉でも、それが健介さんに関係するものであるならば、きちんと聞いておきたい。

「人をまとめんの、すげーうまくて。それこそ主将と同じくらい、いやそれ以上に働いてたと思う。あ、ちなみに福ちんは副主将だったんだけど」
「副主将…」
「最初会った時はねー、正直ニガテだったよ。この人なんでいつも怒ってんの?ってさ〜」

健介さんは臆さず人に注意をする性格だし、紫原くんに対してもそうだったのだろう。
こう言っては何だけれど、健介さんと紫原くんとはあまり性格が似ているとは言えない。

「でも、ただ怒ってるわけじゃないんだよね。福ちんは真面目で、すげーお節介なだけなの」
「あ、わかる。世話を焼くのが上手いよね」
「ね。オレが練習サボったり試合出なかったりするのは珍しくないのに、何度だって叱りにきた。あまりにしつこいから一度、ヒマなの?って訊いたら本気でキレられて。超こわかったし」

健介さんが怒るところなんて、ほとんど見たことがない。
たまに家で清志さんや隆平さんとしているのは軽い言い合いに過ぎないし、声を荒らげたりする姿はめったに目にしない。
こうして話を聞いていると、彼だけでなく紫原くんの人と成りも知れた気がした。

「だから、頼れる人って感じかなー。一年も一緒にいなかったけど、頼りっきりだったオレが言うんだから間違いないって」
「へえ…」
「以上。オレの主観でした〜」

のんびりと言い放って、また一つケーキを頬張った紫原くんを改めて見やる。
話し込んでいるうちにどんどん食べ進めていたらしく、ちらりと見えた箱の中身がほとんど空だったのは気のせいだろうか。
駅前に設置されている地図の看板の前で氷室さんが手招きすると、紫原くんはのそのそと歩いていってしまった。
入れ代わりに健介さんがこちらへやって来て、にっと笑う。

「何の話してたんだよ?アツシと」
「えーと、なんというか」
「ちょっとはオレについて聞けたか?」

ごまかそうとする前に、健介さんの言葉に遮られた。
思わず彼のことをじっと見つめてしまうと、彼は意味深に微笑んでみせる。
最初から、ついて行きたいと言い出した時から見透かされていたのだろうか。
そう考えると、いろいろ気を回していた自分がバカみたいだ。

「…わかってたんですね」
「だってお前、アツシと話したそうだったから。初対面のあいつと話すことっていったら、接点であるオレの話かなって予想つくだろ」
「健介さんは察しが良すぎます」
「なんだ、お前まで春日みたいなこと言うなよ」

すべて図星であるために何も否定できない私を見かねて、健介さんは頭を優しく撫でてくれた。
この様子だと、私が健介さんについてあれこれ聞き出したことを怒っているわけではなさそうだ。
むしろ少し嬉しそうにも見える。
そのままくすぐったい空気に浸るのが耐えられず、私は氷室さんたちの方へ駆け寄っていった。
背後で健介さんの微笑ましそうな笑い声がしたのには、知らないふりをしておく。

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