「そうだ、オレ今日出掛けるから」

全員揃った食卓で、隆平さんお手製の朝食を味わっている時のことだった。
雑多な会話の最中に落とされた健介さんからの一言に、私と清志さんは顔を見合わせた。
次いで、隆平さんが不満げに声を上げる。

「え〜、みんな用事なさそうだったから久しぶりに四人で出掛けられると思ったのにさ」
「わりーな、また今度」

言うなり、健介さんはきれいに食べ終えたお皿をシンクまで運んでいく。
そそくさとした様子を訝しんだのか、その姿を見ていた清志さんが意地悪く笑う。

「なんだよ福井、女か」
「ちっげーよ!残念ながら野郎相手だ」
「本当に大事な用なの?この際ばっくれちゃいなよ〜」
「ダメですよ、隆平さん」

私の言葉に口を曲げた彼が、「名前ちゃんはオレらと出掛けたくないわけ?」と拗ねたように漏らした。
この人が駄々をこねるなんて珍しいなぁ、と思いつつ隆平さんから抱きつかれるのを許容しているうちに、健介さんは自室に引っ込んでしまったらしい。
彼はいつも身支度が早いから、すぐに出てくるだろう。

「おい春日、朝っぱらからこいつに絡むな」
「無理に健介さんを付き合わせるのは良くないですよ」
「二人ともそっけない〜」

来週こそはみんなで出掛けると言い張る隆平さんに、彼を私から引き剥がした清志さんが生返事を返す。
外出好きの隆平さんに比べれば清志さんは出不精な方だから、つれない反応をしている。
部屋から出てきて、洗面所での支度に向かうらしい健介さんについて行って声を掛けた。

「健介さん、用事って何なんですか?隆平さん拗ねちゃいましたけど」
「あー…今日な、高校の時の後輩たちがこっち来てんだよ」

健介さんの出身が秋田ということを考えれば、彼の後輩にあたる人がはるばる東京までやってきているということだろうか。
後輩という言葉に、メル友の高尾くんと、あれきりご無沙汰な緑間くんの姿が思い浮かぶ。
彼らは清志さんのことをよく知っている風で、実際に高尾くんは時々メールで昔の清志さんのことを教えてくれる。
健介さんの後輩という人も、やはり高校時代の彼と親しかったのだろう。
そう思うと好奇心が湧いてきて、自分がうずうずしているのが分かった。

「あいつ自身は東京の出なんだけど秋田行ってから結構経つし、様変わりした街の案内してくれってさ。ま、先輩に美味い食い物奢ってほしいだけだと思うけどな」
「後輩ってもしかして、お菓子好きの…」
「あー、アツシのこと話したっけか?そうそう、そいつ。あとアメリカ帰りのイケメンも来るぞ」

揶揄するように付け加えた健介さんはなんだか、とても楽しそうに見えた。
彼が少し前にした話を覚えている。
確か、清志さんとの間で「キセキの世代」という後輩について話していた時だったと思う。
どちらかといえば苦労話に聞こえる内容だったのに、二人の表情は懐かしげに緩んでいた。
あの時に清志さんが轢く轢く言っていた「ムカつく一年エース」は、先日会った緑間くんと高尾くんの内どちらかだったのかもしれない、と今頃気付いたことは置いておく。
そのキセキの世代の人に会えば、健介さんのことをもっと知ることができるのだろうか。
だとしたら、会ってみたい。
そわそわする私をじっと見た健介さんは察しが良く、目線を合わせて微笑んでくれた。

「お前も来るか?」
「…行っていいんですか?」
「興味津々って顔してんじゃん。行くんなら、さっさと用意してこいよ」
「はい!」

自分がこんなに積極的な返事をできるとは知らなかった。
健介さんには少しだけ待ってもらうことにして、私はリビングへ身を翻した。
後ろから健介さんの声がかぶさる。

「おーい、お前らー。急遽こいつも連れてくことになったからー」
「えっ、福井ってば名前ちゃんまで連れてっちゃうの?ずっる!」

隆平さんの不平不満に苦笑いを返していると、洗面所に向かう清志さんを視界の端にとらえた。
何か健介さんに用事でもあるのかな、とその時の私は深く考えずに自室へと戻った。




「他の男に会わせるのかよ。ずいぶん余裕だな、福井」

顔を洗っていると、どことなく機嫌の悪い声を耳にした。
本日二度目の洗顔から顔を上げると、壁に寄りかかった宮地がこちらを見ているのを鏡越しに目にする。
ぽたり、と頬をつたう水滴をぬぐいながら何でもないように返事をする。

「そういや名前から聞いたんだけどよ、お前んとこの後輩にも会わせたんだろ。高尾と緑間」
「会わせたんじゃなくて、不可抗力だっつーの。別に会わせる気なんて…」
「なんでそんなイライラしてんだよ」
「…わかんね」

こいつ自身、認めたくない気持ちがどこかにあるんだろう。
あいつは誰のものでもないのに、横取りされてしまったような焦りと苛立ち。
そう感じるのは相手が生意気な後輩たちだったからなのか、それとも文字通りオレら以外の「他の男」だったからか。
その点を追及しても意味はないだろうと判断して、目をそらす宮地を見据えた。
素直じゃないなりに一方的な見方をするかと思えば、意外と慎重に物を考える性格であることは、共同生活を始めてから知ったことだ。

「オレが余裕なんじゃなくて、お前の心が狭いんだろ」
「あ?」
「ほら、あいつ来たぞ」

小さく囁けば、宮地はぐっと黙り込んだ。
適度に怒らせておいた方が、余計なことを考えなくて済む時もある。
自覚したくないなら、無理に気付かなくてもいいだろう。
こっちに歩いてくる名前は機嫌の悪い宮地に八つ当たりされるだろうから、ちょっと悪い気がしたけれど。




「お待たせしました。少し洗面所を借りてもいいですか?」
「おー、あっちにいるからな」

身なりを整えて戻ってくると、私と入れ替わりに健介さんがリビングへ向かう。
私の支度が終わるまで向こうで待っていてくれるんだろう。
急がなくちゃ、と洗面所に入るまで、そこに清志さんがいたのに気付かなかった私は驚いて大きな声を上げてしまった。

「わあ!な、何やってるんですか。こんなところで」
「…ちょっとな。いろいろ考えてた」

しゃがみこんでいた清志さんは髪をくしゃりとかき上げて、だるそうに立ち上がった。
私が鏡の前に立てるようスペースを空けてくれたあとも、入り口付近からこちらをぼんやり見ている。

「健介さんと何か話したんですか?」
「んー、まあ、世間話を」
「うそ。そういう雰囲気じゃないですよ」
「いいんだよ。お前は気にすんな」

いま整えている最中の髪に大きな手のひらが伸びてきたので、思わず身構えて後ずさりした。
私の警戒した様子に一瞬目を丸くした清志さんは、すぐに表情を柔らかくした。
遠慮がちに、指先が髪の上をすべる。

「今日はぐちゃぐちゃにしねーよ」
「いつもそうだったら、私は助かるんですけど」
「それはダメ。オレの楽しみが減るから」

笑って私を撫でる清志さんの瞳は普段より優しくて、落ち着かない気持ちでされるがままにしておいた。
しばらくして満足した様子の彼が、離れ際に額を軽く叩いてきた。
こういう意地悪さえなければ、と思ったけれど、いつも通りの扱いに安心したのも事実だ。

「福井がいるからまだいいけど、気をつけろよ」
「はい、道中気をつけますね」
「ばーか」

苦笑とともに乱暴な言葉を残して、清志さんはリビングへ行ってしまった。
何か、もっと言いたいことがあったのかな。
どこか清々しい表情をした彼にそれ以上は問えなくて、私は身支度を再開させた。

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