私たちの共同生活の中で一つだけ、扱いが難しいのが入浴のタイミングだった。
三人は私が入るだろうという時分を察しては、早めに席を立って自室に引っ込んでしまう。
それはもちろん私が入りやすいようにという気遣いで、お風呂から上がる頃には必ず誰かがリビングに戻ってきてくれている。
私は甘やかされている側なのだ。不満や疑問なんて抱いてはいけない。
けれど、それまで賑わっていた場から不意に一人、また一人とさり気なく部屋に戻っていくのを見ると寂しく感じてしまう。
自分のせいだとは分かっているけれど、いつからか湯船につかる時間はそれを考えることに使うようになっていた。
あとに三人もつかえているのだし、洗面所をあまり占領しても彼らに申し訳ないので、そこそこに湯船から上がった。
風呂上がりの支度をほどほどに済ませてリビングへ向かうと、扉を開ける前からずいぶんと賑やかな会話が聞こえてきた。

「おい誰だよ!さっきから止めてる奴!」
「しーらない。ん、スペードの端埋まったー」
「じゃあ逆のキングから埋めてくなー」
「ほら〜、次は誰〜?」
「宮地の番だぞ」
「あ〜っ、クソっ!…パス!」

扉をそっと開いてリビングに踏み込むと、何やら三人で机を囲んでわいわいと話している。
私が部屋に入ってきたことにも気付かないくらい、彼らは真剣な様子だ。
この時間帯に全員が集まって賑やかにしていることが珍しく、私は少し驚いていた。

「ほい、宮地の負け〜」
「いやー、ひどい負け方したなホント。三回パスってお前」
「春日…てめぇずっとダイヤとクラブの手札キープしてたろ…」
「何のこと?言いがかりじゃね〜?」
「お前性格出てんぞ!」

素知らぬ顔の隆平さんに清志さんが食ってかかるのを、健介さんが笑って見ている。
ふと清志さんから顔を逸らした隆平さんと、たまたま目が合った。

「あ、おかえり〜」
「お先に失礼しました。…何やってるんですか?」
「七並べ」

こういうときに限って、彼らの声はぴったりと揃うのだった。
大学生男子が三人寄り集まってトランプ…と思ったけれど、それほど違和感がないのは、いつだって彼らがこんな風に和やかな雰囲気をしているからだろうか。
近くに寄っていくと、ソファーから清志さんが手を伸ばしてきた。
軽く髪を引っ張られるようにして触られる。

「まだ髪濡れてるぞ」
「あ、今から乾かしにいきます」
「別にここでやっていいぞー。勝手に遊んでただけだから」
「そうそう。それ持ってきてるんだし、誰かに髪やってもらえば〜?」

あっさり言う健介さんとほんわか笑う隆平さんに、思わず言葉に詰まった。
三者三様の視線が私に集中する。
部屋でやろうと思っていたドライヤーを手に、ただ無言で隆平さんのところへ歩いていくと、彼の笑顔がより深まった。

「よーしよし。いい子だね〜」
「なんでいっつも春日なんだよ…」
「だって二人とも、なんだか目が怖いですから」

面白くなさそうにぼやく清志さんに対して、健介さんは黙ったままだ。
私を目の前に座らせたと思ったら、隆平さんが後ろから軽く引き寄せるように腕を回してきた。
頭に彼の頬がぴとりと当てられたのがわかる。

「あったか〜。ふふ、いい匂いすんね」
「それセクハラだろ」
「オレは宮地みたくむっつりじゃないし〜やましい気持ちとかないし〜」
「なにお前、喧嘩売ってんの?」

静かに言い争う二人を横目に、私は健介さんの様子をちらとうかがった。
さっきから健介さんが薄目でじーっと、何かを言いたそうにこちらを見ている。
私の視線の先に気付いたらしく、隆平さんが思わずといった様子で笑う。

「そんな羨ましいならココ代わろっか、福井〜?」
「は?…な、ちがっ」
「ぶッ、顔真っ赤じゃねーか!だっせー」
「うるせえ宮地!」

本人も無意識だったようで、清志さんが指差して茶化すのを嫌そうに振り払っていた。
隆平さんは二人のやり取りを笑いながらドライヤーの電源を入れると、風をたっぷり含めるように私の髪を乾かし始めた。
暖かい心地と一緒に、辺りへ広がるシャンプーの香りに目を細める。
大きな手のひらが撫でてくれるような感覚は眠気を誘うようで、うつらうつらとしてしまう。

「おい、頭落ちてんぞ」
「…あれ、すみません」
「寝るなら部屋戻れよー」
「まだ九時じゃないですか」

ゆらゆらしていた額を清志さんにつつかれて、ふわつく意識が浮かんだ。
前では呆れたような清志さんが、後ろでは隆平さんが笑っている。
小さい子じゃあるまいし、さすがにここで寝るわけにもいかない。
清志さんに指摘されてすっかり機嫌が悪くなった健介さんをなだめようと声をかけた。

「健介さん、機嫌直してください。そうだ、みんなでトランプしませんか?楽しいですよ」
「いや、そこまでガキじゃねーから…」
「負けた人は一位の言うことを何でも聞く。それでどうですか?」

むすっと口を閉ざしていた健介さんが不意に顔を上げた。
こちらを見つめてきた表情は、何かいいことを思いついたかのように生き生きとしている。
気を取り直したらしく、健介さんは七並べできれいに整列していたトランプをかき集め始めた。

「お前ら聞いてたよな?もっかいやるぞー」
「へえ、罰ゲーム付き?オレ負けないよ〜」
「まどろっこしいから七並べじゃなくて、簡単に順位が出るやつにしようぜ」

ドライヤーの電源を切った隆平さん含め、再び三人がトランプにわらわらと群がる。
すっかり乾かしてもらった髪先をいじりながら、私はその様子を見守っていた。
健介さんは既にぱぱっと手札を配り始めている。

「んじゃ、大富豪やろうぜ」
「前にも言った気がするけど、オレ大富豪のルールわかんねえわ」
「それ、どう考えても宮地が不利じゃんか〜。今からでもゲーム変える?」
「いや、やりながら覚えるから平気」

自分の手札を品定めするように各々が見つめるかたわら、健介さんがにやりと笑む。

「おいおい、余裕だな宮地?」
「べっつにー。全く知らないわけでもねーし。それにアレだろ、大富豪って知略戦略って感じのやつじゃん。こいつにだけは負ける気しねーわ」

失礼なことに私を指差してくる彼の肩をぺしんとはたく。
すると、頭をつかまれて髪をぐしゃぐしゃにされた。
せっかくきれいに乾かしてもらったというのに、あんまりだ。

「わ〜、清々しいまでに大人気ないねぇ」
「お前ほんっと横暴だわ」
「ふん、こいつのくせに刃向かうからだよ」

この前の所有物発言を思い出して、珍しく清志さんに反抗する気が起きた。
何でも彼の言いなりになるわけではないのだ。
私がじとっと睨むのを、当の清志さんは楽しそうに見ている。

「勝ってみせますよ、絶対」
「へー。やってみな」

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