「薄情な蛍ちゃん」

そう言って、なじられる夢を見た。
夢には名前が出てきた。
名前とはそれなりに付き合いが長いが、たまに軽い言い合いをして小突いたり小突かれたりするような、その程度の関係だった。
恋人でも何でもないし、僕が彼女に思いを寄せているということもなければ、その逆もあり得ないはずだった。
それなのに、夢の中の名前は大事そうに僕の手を両手で包んで、こう言った。

「わたし、蛍ちゃんが好き。大好きよ」

いつもと変わらぬ調子でそんなことを言って僕を見つめる名前の瞳に、ああキスしてほしいんだろうなと自惚れでもなく思った。
呼吸をするように唇を重ね、彼女をそうっと抱きしめる。
名前も僕の背中にそろりと腕を回し、軽く力を込める。

「僕も、名前が好きなんだと思う。一番会話をする女子は君だし、他のどんな人にも名前以上に興味を持ったことがないから、そうなんだと思うよ」

思ってもいないことがするすると口から滑り出る。
認めたくない、否定したいという気持ちは浮かんでこない。
夢の中だからだろうか。
訳も分からないまま納得してしまっている。
名前は黙って僕の言葉を聞いていたかと思うと、不意に言った。

「薄情な蛍ちゃん」

その一言をきっかけに名前はしくしく泣き出した。
とにかく泣いた。いつまでも泣いていた。
僕はそれを慰めるでもなく、ただ溢れては名前の頬を流れる涙をちょっと舐めてみて、しょっぱいんじゃなくて甘いんだなとぼんやり考えた。

目が覚めて、いつも通りの朝が来た。
夢の余韻はあったが、ふわふわした心地よりよっぽど重みのある現実と日常にたやすく塗り潰されていった。
なんとなく重い頭で学校に行く。
名前が僕に駆け寄って愛を囁くはずもなく、普段のように他愛ない言い合いをして、彼女は僕の肩を小突いて笑った。
僕はその日から、名前の笑顔が泣き顔にしか見えなくなった。
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