風を浴びなくては、と思った。
何がどうという理由はない。
ただただ肌に痛いくらいの風を浴びたいと、私は屋上へ続く階段を駆け上がった。
とても重そうに見える錆びた鉄扉は羽根のような軽さで開き、想像通り誰の姿もなかった。
別にどこだっていいのだが、不思議と歩みはまっすぐ進んで突き当たった先の柵をゆっくりと越えた。
何のことはない、私は風を浴びたいだけなのだ。
何の覆いもない校舎の縁に腰掛けると、下からビル風のように突き上げる空気が吹き抜ける。
そのまま足をぶらぶらと揺らしていると、なんだか自分が特等席に居るような気分だった。
ふと思いついて見下げても、遥か下方の校庭には人っ子一人見当たらず、別棟の体育館の照明も落ちている。
この分では、物音一つしない校舎の中にも誰もいないんだろう。
そう思った矢先、背後で扉を蹴破るような轟音が響いた。
鉄扉は私が開けた時よりどうも重いらしい。
時間をかけて振り向くと、息を切らした福井が立っていた。
ここまで走ってきたのだろうか、そう思い立つより早く、福井はぐっと足に力を込めて駆け出した。
あっという間に私との距離を詰めると、片足で柵を強く踏み切り、もちろんそこで勢いは消えないで、福井に飛びつかれる形になる。
あ、と思った時にはもう既に二人で一緒に真っ逆さまに落ちていた。
落ちているはずなのに、不思議と地面への衝突はいくら経ってもやってこない。
それどころか、風を感じないのだ。
さっき私が座っていた時には髪がぐちゃぐちゃになるくらい吹いていた風が、止まっている。
今はただ、私の髪は流れるように上方へさらさらとなびいているだけだ。
強風の勢いは微塵も感じられない。
福井に抱きしめられた形で下を見やることすら適わないので、私は福井の肩をとんとんと叩いた。
現れてから今まで、この男は黙ったきりである。
そろりと身を離した福井は間近で私をじっと見つめた。
私もすぐ頭上の福井を見返した。

「なんで」
「だって、風を浴びたかったんだろ」
「今は風がないのに?」
「それはお前が分かってないだけだから」

必要最低限の言葉だけ、といった様子で再び福井はぎゅっと私にすがりつく。
福井の体温が触れたところから熱くて、私はどうでもいいような気持ちになってしまう。
見れば、頭上の福井の金髪もふわふわと空気に遊んでいた。
風に乱されるとは違う、無重力にたゆたうような動きを見つめていると、その向こうの果てに小さく小さくなった屋上が見えた。
学校という日常から、どんどん二人で遠ざかっていく。
福井の背中に腕を回して、私は小さく言った。
声がかき消されないあたり、やはり私には風は感じられなかった。

「迎えにきてくれたの」
「わかんないけど、お前がどっか行く気がしたから」
「そう」

気遣いと制止がこめられた声が間近で響く。
福井は心細そうだった。
彼は、今のこの空間を何だと思っているのだろうか。
私と違って、これが現実ではないとは、認識できていないように思える。
震えるように絞り出した彼の声がどこにも行くなよ、と囁いた。
どこにも行こうとしていないのに。
私はただ、痛いくらいの風を渇望していただけなのに。
まるで願望の塊みたいに臆病で優しい福井に大丈夫大丈夫、と繰り返しながら私は冷めた気持ちで見えなくなった校舎の方角に目を凝らした。
訳もなく見る夢など所詮この程度である。

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現実逃避と救済の深層心理
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