「何してんの?そこで」 暗闇にさっと差した光が眩しくて、私は目を細めて声の主を見やった。 私が立っている道路から塀を隔てて建っている民家から一人の男の子が出てきたのだった。 夜の帰り道は街灯が少なくて、暗がりに慣れた視界では彼の姿を捉えるのに少し時間が掛かった。 何度か目を瞬かせて、私はようやく声を出した。 「…宮地くん?」 「あ、なんだお前か。うちの前をうろついてる人影が見えて怖いから見てきてくれって母さんに言われたんだけど」 まさか自分がクラスメイトの自宅前をうろついていたとは知らず、思わず「ごめん」と小さく言えば、「いいよ別に」というそっけない返事が返ってきた。 先ほどから宮地くんの視線は彼の腕の中に向いていた。 宮地くんはふかふかの毛玉のようなものを抱えていた。 暗がりと逆光の中でよくよく目を凝らせば、それが猫であることが分かった。 猫は落ち着いた様子で、宮地くんの腕の中で眠そうに大人しくしていた。 「こんな時間にこんな場所にいるなんて、探し物か?」 「うん。よく分かったね」 「じゃなかったら不審者だからな。で、何失くしたんだよ」 「このくらいの」 手で大きさを示せば、宮地くんがちらりとこちらを見た。 彼の大きな手のひらは変わらずゆったりと飼い猫を撫でている。 「黒猫のぬいぐるみストラップを帰り道で落としちゃったみたいで。大切にしてたから諦めきれなくて」 「…それって首のところに鈴ついてるやつか?」 「うん。どうして知ってるの?」 キイ、と門を開けて宮地くんが道路へ出てきた。 私が様子を窺っていると、彼は無言のまま腕の中のもふもふに手を突っ込んだ。 長毛種の猫であるために分かりにくかったが、どうやら顔のあたりに手を入れたらしい。 彼が指先で引っかかりを外すと見慣れた黒猫がころんと出てきた。 「あ」 「わり、紐ちぎれた」 「この子が拾ってたんだね」 「ああ。見慣れねーもんで遊んでるとは思ったんだよな…」 ストラップは多少くたびれていたけれど手元に戻ってきたことが一番有り難かった。 正直、彼が現れなければ私はとっくに諦めて今頃は帰路を辿っていたことだろう。 素直に嬉しい気持ちで受け取った私とは正反対に、宮地くんは少し罰の悪そうな顔をしていた。 「その、悪かったな」 「何が?」 「ウチのが粗相して」 「粗相って」 大げさな。 そう思ったけれど宮地くんが至って真面目な顔をしていたので口を閉じた。 まるで自分の子供か何かにするみたいな手つきを見て、この人は本当にきちんと飼い猫の世話をしているのだと思った。 私が見つめた先でふかふかした毛並みが動き、金色の瞳が暗闇の中で光った。 そのまま宮地くんの腕をするりと抜けて、猫は素早い動きで家に戻ってしまった。 まず猫を視線で追ってから、宮地くんは戸惑ったように私を振り返った。 「助かったよ、ありがとう。猫ちゃんによろしくね」 それだけ言って、私は明るい民家の前を離れた。 なんとなく彼と猫の時間を邪魔してはいけないような気がした。 それにしても、発言が物騒なことで有名なあの宮地くんがあんなに優しい表情ができるとは、思わなかった。 いつもbotがお世話になってます |