恋をしているのだと思う。 彼が、画面の向こうの彼女に。 画面に映る姿が二次元ではなく三次元であるだけでまだマシだと他人は言うかもしれないが、自分と同じ生きて存在している人間の女の子を彼氏が熱っぽい目で見つめているというのは複雑極まりない。 しかし人間はよく出来ている生き物であり、慣れという感覚がある。 それに加えて、清志がみゆみゆという売れっ子アイドルを真摯に応援するように、私もあるジャニーズのグループに人生を捧げている。 私たちは同じ穴の狢であり、どっちもどっちなのだ。 だからといって境遇を互いに理解しあって円満な仲なのかというと、そういう訳にもいかなくて。 デートよりライブ優先、グッズ販売の日にドームに近いからという理由で相手の家に泊まることもある。 他人が聞けば呆れるような話だ。 「…きよちゃーん」 彼が一番嫌がる呼び方(近所のおばさんからこう呼ばれていた)をしてみたが、目の前の整った横顔は微動だにしなかった。 よほど新作コンサートDVDにお熱らしい。 画面上のアイドルに負けず劣らずのきらきらした瞳は完全に恋をする人間のそれだ。 その甘い陶酔の視線を私は受けたことがないし、特に受けたいと思ったこともない。 ただ、私も大好きなアイドルのライブを見る時にこんな顔をしているのだろうかと思う。 私が清志の熱心な横顔に見惚れるように、彼もそっぽを向く私に魅力を感じてくれていたらいいのに。 「きーよーし」 「………」 「ねえねえ清志」 「うるせえな聞こえねえだろ」 これである。 クッションを顔に押し付けられて私はうーんと唸った。 一つ主張したいことがあるとすれば、ここが彼の家ではなく私の家ということだろうか。 こんなにも遠慮せずに堂々と居座っている清志は、お母さんにはちゃんと愛想が良かった。 誠実そうな笑顔に娘同様母親も心臓を掴まれたに違いない。 その肩にかけた鞄の中身が派手でデコラティブなパッケージのアイドルDVDであるとは露知らず。 「…清志さあ、なんで家来たの」 「お前んちのテレビがうちのよりでかくて高画質高音質だって知ったから。やっぱり臨場感がちげぇよな」 「それは良かったね」 「これから発売日にはお前んち訪ねるからそこんとこよろしく」 「はいはい」 お母さん、私の彼氏はこんなにも残念です。 どこでこんなにいい人を捕まえてきたの、と私を陰で問い質した母親に今の清志を見せてあげたい。 出逢いはレンタルDVDコーナーだった。もちろんアイドルの。 それまでは同じクラスだったのに会話もしたことがなかったのだから、運命とは予想できないものである。 出会うべくして出会った生粋のドルオタとジャニオタは趣味への熱が引くどころか、互いが協力をするために散財がエスカレートしている気がしている。 バイト代が底を尽きたら清志のせいだ、と身勝手にも責任転嫁をする。 「おい見たか、今の笑顔天使だぞ」 「あー見てなかったごめんね」 「お前ほんとダメなやつ」 「清志にだけは言われたくない」 不意に強く腕を引かれて、興奮した様子の清志が画面を指差す。 私の返答はご期待に添えなかったようで、呆れを通り越して憐れみに似た視線を向けてくる彼は本気の顔をしていた。 この男にとっては私の家にいることではなく、このハイビジョンテレビでDVDを再生していることが重要なのである。 テンションの高い清志に絡まれるのも嫌なので、飲み物を取りに一旦立ち上がる。 彼は気にした様子もなく、私に話しかけていた部分まで巻き戻しをしていた。 私が隣にいようがいまいがどうでもいいですかそうですか。 拗ねるというよりは見返してやりたい気持ちが強く、部屋を出る間際に声を掛ける。 「清志、飲み物いる?」 「お茶おかわり」 「はいはいお茶ね」 「頼んだ」 「ねえ清志」 何度も名前を呼べば、一時停止をしてから眉間にシワを寄せた清志がこちらを向いた。 邪魔をするなと言いたげな顔である。 対して、視線を外した私は壁を大きく占める特大ポスターを見つめた。 そこには私が応援するグループの中でも特に好きなメンバー、所謂推しメンの彼の眩しい笑顔が写っていて私も自然と笑顔になる。 きっと私が持てる笑顔の中で一番の表情をしながら、清志の方を振り向いて言った。 「現実として私の推しメンは清志だけだからね」 もちろん一番好きなのはポスターの彼だけど。 その気持ちを多少揺さぶりたくてにこりと笑みを深めると、リモコンを手にしたまま清志が大きな瞳を二、三度まばたきした。 私が彼を置いて部屋を出て扉を閉めると、中から悶絶するような何とも言えない声が聞こえてきて、ドアにクッションを投げつけた音がした。 「クソ恥ずかしいこと言ってんじゃねーよ、轢くぞ!!」 我が家を揺るがす照れ隠しの怒号を背中に聞きながら、私は機嫌良く歩き出した。 きっと清志は顔も耳も真っ赤にしていることだろう。 ジャニオタの最大級の告白を思い知ってよね。 --------------------- 宮地さんが残念で表に上げられないシリーズ |