▽シャチに「だーれだ?」

思い立ったが吉日、いたずらは船長とペンギンに怒られないようほどほどに。
それを信条としている私はシャチに背後からこっそり近付いた。

「だーれだ!」
「わっ、え、えーと、誰?」
「(それを訊いたんだけど)」
「ん〜……あっ、なんだ名前か」

見事言い当てられてしまったので渋々手を離す。
声を出したからバレるのは時間の問題だと分かっていたけれど、あっさりし過ぎている。
こちらに振り向いたシャチは、ほらやっぱりと笑った。

「なんだとは何よ」
「納得したっていうか。さっき街でナンパした美女かと思って一瞬迷ったんだよなー」
「美女じゃなくて悪かったですねえ」
「え、悪いなんて言ってないじゃん。それより、ペンギンの奴にもやってやろうぜ!」
「うーん…」
「ほら早く!」
「わかったよ、急かさないで!」


▽ペンギンに「だーれだ?」

シャチと二人で物陰に身を潜める。
帽子を目深に被っているペンギンの視線は相変わらず読めないが、こちらに向いていないのは確かだ。

「本読んでるね」
「奴は隙だらけだぞ!行け!今だ名前!」
「分かったから押さないでよ」

いたずらくらい自分のタイミングで行かせてほしい。
シャチの時のように勢い重視ではなく、そろりそろりと後ろ姿に近付く。
ペンギンは静かに本のページを繰るだけで、こちらへ振り向かない。
手を伸ばして、帽子の鍔の下を隠すように覆った。
それから、シャチが言う。

「だーれだ!?」

声がでかいよ、ばか。
とは言えずに隣へやって来たシャチを横目で見やる。
私が隠して、シャチが問いかける。
この状況でペンギンがどんな反応をするか、私たちはわくわくしながら待った。

「…名前か」
「えっ」
「早!なんで分かったんだよ!」

私の手のひらを掴んで離し、振り向いたペンギンは不敵に笑う。
慌てふためく私とシャチが可笑しくて仕方ないらしい。
確かに私の手は男の手からは程遠いかもしれないけれど、ペンギンがその手で触れる前に悟られてしまうなんて作戦が甘かったのだろうか。
ペンギンに両腕を掴まれながら私はうーんと唸った。
そんな私と、「なんで分かったんだよ!どうして!?」って忙しなく尋ねるシャチをふふと笑って、ペンギンが言う。

「名前の手を間違えるわけない」
「や、やだ…ペンギンがイケメン!」
「え、なにこれ疎外感」


▽船長に「だーれだ?」

この調子で船長にもやってみようか!と口に出した途端、二人は仕事を思い出したと言って部屋を出て行った。
なんだ、意気地なしだなあ。
どうせなら全員分の反応を見ておきたいというのはごく自然の好奇心だろう。
ノリの悪い二人は放っておくことにして、船長を捜すと甲板でぼんやり水平線を眺めていた。
そろりそろりと歩み寄って手を伸ばす、それより先に喉元に刀の切っ先をあてがわれた。

「おれの背後に良からぬ気配を漂わせて立つのは誰だ」

だーれだ、と言うはずが逆に誰だと問われてしまった。
ひやりとした気配と言葉に全身が粟立つ。
しかし、「なんだ名前か」と船長が刀を下ろしてくれたので、なんとか息を吐いた。
それにしてもシャチといい船長といい、私への扱いが雑すぎる。

「気付くの早すぎます。船長」
「お前が物陰から様子窺ってる時からわかってたぞ」
「…ええー」
「さっき現場を見かけたけどな、シャチもペンギンもお前の気配くらい察知できてる。あいつら相手に気付かれないで目を覆うなんて無理な話だぞ」

それを言われてますますヘコんだ。
シャチとペンギンは私のいたずらに親切心で付き合ってくれただけということじゃないか。
さすがハートの海賊団の精鋭といったところだ。
そもそも私がシャチたちに仕掛ける場面を見ていたのに、もっと早い段階で止めてくれない船長は底意地が悪い。

「私一人ではしゃいで馬鹿みたいですね」
「そうは言ってねェ」
「言ってるようなものですよ!自分のところに来るまで待ってたくせに」
「ああいや、それは違うぞ」
「?」
「おれのところにまで来るとは思っていなかった。そこまで命知らずだったとはな」

にやりと嫌な笑い方をされて、さっきよりも悪寒を感じた。
楽しそうにしている船長というのは、この世の何より恐ろしい。

「馬鹿な子ほど可愛いってやつだ」
「やっぱり馬鹿って、」
「思ってるさ。ついでに言うと詰めが甘い」

まだまだだな。
鼻で笑う船長に悔しさがじりじりと湧いてくる。
何も言い返せない私のことを、にやにや笑いの船長が観察している。
睨み合いの末、先に視線を背けたのはもちろん私だった。

「船長の性悪!覚えてろ!」
「悪いが、そのうち忘れるぞ。お前の醜態だけ覚えといてやる」
「鬼畜か!」
「ふっふっふ」


▽オマケ・ベポに「だーれだ?」

「だ、だーれー…くっ」
「名前何してるの?」
「届かないじゃん、もー!ベポしゃがんで!」
「えっえっ何?こうでいい?」
「よし、だーれだ?」
「名前!」
「ですよねー」

「はは、何やってんすかね、あいつらは。船長、どう思います?」
「…結構和んだ」
「えぇ!?マジすか!和ん…へ、へえー」
「可愛いだろあいつ」
「(…どっちの、ことだ?)」
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