獣のような目だ。
言峰綺礼は見下ろした女の印象を冷静に打ち出していた。
憎悪と警戒心をたぎらせながら、その瞳は今の状況を正確に把握し、次に自分が何か動作を起こせば的確に反撃をしてくるだろう。
腕に込めた力を保ちながら、こちらを睨み上げる女に綺礼は溜め息混じりに話しかけた。

「危険な女め」
「……」
「縄を解いた途端に自害を試みるとは、貴様は本当に一般人か?」

自らの手で相手の口を塞いでいるために、返答には期待していない。自問のようなものである。
ぎり、と眼光と共に手へ食い込む歯の力が強まった。
舌を噛み切ろうとしたのを咄嗟に片手を突っ込んだことで阻止したのだが、邪魔された悔しさからか、女は顎を掴むように覆う綺礼の腕を忌々しげに見ていた。

「妙な真似をされないよう顎を外してしまってもいいのだが…貴様には訊きたいことがいくつかある」
「……」
「キャスターのマスターのことだ」
「…、っ」
「喋らないならば、力ずくでいかせてもらう」

後ろ手に縛られたままの女の腕に手をかけ、本来ならば曲がらない方向へ力を込める。
苦痛に顔を歪める姿を見下ろし、綺礼は淡々と言葉を紡ぐ。

「案ずるな。奴とは少し話をしたいだけだ。と言っても、信じるわけはないか」
「……」
「キャスターは何らかの魔術を行使してここの様子も覗けるのだろう?マスターをおびき出すためにも少々手荒い真似をするが、まあ許せ」

綺礼にとっては軽い力で腕を捻ると、耳障りな鈍い音を立てて骨が折れた。
彼の手を噛んでいた女の口から一瞬力が抜けたが、すぐに痛みに耐えるように一層強く歯が手のひらへ食い込んだ。
常人にしては我慢強い方だと判断した綺礼は片腕の力だけで女を持ち上げ、生理的な涙を浮かべて喘ぐ相手を見た。

「殊勝な心がけだな。キャスターのマスターに迷惑を掛けないという忠義でも立てているのか」
「…彼のことは、話さない。殺すなら、殺せ…っ」
「そうもいかん。死なれては困るのだよ」

空いた片手で腹を殴りつけると、女は肩を震わせて少量の血を吐いた。
それが自分の身に降りかかるのも厭わず、綺礼は淡々と拷問を続けた。
女が死ぬまでに雨生龍之介が現れれば計画通りであり、女が死ねばまた違う方法で接触を試みるだけである。
退屈にも似た感情を持ちながら、綺礼は機械的に女をなぶることに専念した。




「なあ、旦那。このままじゃアイツ死んじゃうかも」

薄暗い廃墟で、水晶に映った光景を見ながら雨生龍之介は落ち着いた声音で呟いた。
その光景を魔術によってマスターに見せながら、キャスターもいたって冷静に言葉を返す。

「…リュウノスケ。貴方ならば分かるでしょう。彼女は今のところ命に関わるような傷は負わされていません」
「そうなんだけど、アイツ結構頑固だからさぁ。扱い方によっては殺されかねない気がして」

龍之介の声色はどこか深刻さに欠けていて、キャスターからすれば本当に彼女の身を案じている様子とは思えなかったが、無気力な瞳は確かに水晶から目を外さない。
今までそばに置いていた女性が連れ去られた末に囮として扱われていることを考えれば、やはり常人の感覚とはずれている。
しかし龍之介は不意にキャスターを見つめ、はっきりと口にした。

「アイツが死ぬとオレ、ちょっと困るよ」

マスターの無感情に沈んだように見える瞳の奥に覗くどす黒い執着をキャスターは静かにせせら笑った。




ぐちゃり。
大量の泥が落下したような不快な音を聞き、綺礼は取り出した黒鍵を素早い動作で背後へ投擲した。
飛んだ黒鍵は得体の知れない怪物の中心を的確に抉り、キャスターが召喚した海魔は不気味な鳴き声を上げて崩れ落ちた。
その様を見つめて目を見張る女を一瞥し、綺礼はキャスターがこちらの様子を窺っていることを確信した。
ならば、後は期待を寄せて待つしかあるまい。
もう少し時間を掛けて痛めつけようと考え直した綺礼の横顔には笑みが浮かぶ。




「見ましたか、リュウノスケ。相手は魔術を使わずしてこの力量です。相当の手練れかと」
「化け物じみてんね、この人」
「そのような感想を持った上で、貴方は彼女を救いたいと思いますか?」

キャスターはマスターたる男を見つめた。
相手が如何ほどの人間か知るために放った海魔は一瞬にして消されてしまった。
結果は見せた。後はマスターの判断に委ねるしかない。
特に焦った様子もなく、龍之介は濁った瞳を細めて笑った。

「さっき言った通りだよ。オレはアイツが死んだら困るって」
「……」
「協力してくれる?無理だったら、オレ一人でも行くけど。あ、令呪っていうの使う?」
「その必要はありません、マスターよ。しかし、貴方をむざむざ死なせるために敵地へ赴かせるつもりはありません。不肖ながらこのジル・ド・レェ、我がマスターにお供しましょう」
「ありがと、旦那」

朗らかな笑顔で告げる彼は、自らの決断の重さと裏に抱える執着心を真に理解しているのだろうか。
疑問に思いはしても、これはマスターの下した決定である。口を挟む余地はない。
ならば、自らの持てる力すべてで敵を駆逐するのみ。
キャスターは決意を胸に、マスターである雨生龍之介と工房をあとにした。



キャスターをアサシンに尾行させた末、工房の惨事を目にした綺礼が愉悦の匂いを嗅ぎつけて、龍之介と接触を試みるif話。
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