「福井ー。トリックオアトリート」
「ああ、ほらよ」
「わ。…なにこれ」
「徳用苺チョコ。そんだけありゃ足りるだろ。多かったらそこら辺の奴に配れば」
「なんでそんな用意いいの?」

隣のクラスまで行って唐突に言ったというのに、福井は当たり前のように私へ袋を押しつけた。
その袋は大きめで、見ればお菓子がいっぱいに詰まっている。
自分もチョコレートでコーティングされたプリッツ菓子をパキパキとかじりながら、彼は「そりゃあな」と苦笑いを浮かべた。

「後輩にたかられんのわかってっからだよ」
「なるほど、紫原くんか」
「氷室の奴も一緒に来たぜ。そういうイメージなかったけどな」
「アメリカの方が盛んだからね、ハロウィンは」
「あー、なる」

そのためにわざわざお菓子を用意していたのだろうか。
面倒見がいいというか律儀というか。
普通は部活の後輩相手にそこまでしないと思うけれど、何でもなさそうに話す彼にとっては「普通」なんだろう。

「で、氷室は昨日誕生日だから多めにやっといた」
「あれ。でも昨日は昨日で部活できちんとお祝いしてなかった?」
「まー、せっかくの祝い事だしな。アツシがそれに便乗してきてねだるわねだるわ…」

呆れながらも楽しそうに笑っているあたり、福井は優しいと思う。
結構厳しいことも言うし、見た目からの性格はキツそうなのに、付き合ってみるといいところばっかりだ。

「福井って弟とか妹いる?」
「んあ?なんでだよ」
「なんとなく、っぽいから」

きょとんとした福井はどうしていきなり兄弟の話なのか、という顔をしていた。
無意識とは、ますます世話焼きだ。

「あ、そういえば」
「なんだよ」
「紫原くん来たのに、よくこんなに残ってたね?」

ふと思い当たって、ずっしりとした袋を掲げる。
これだけの量があれば一番に狙われてもおかしくない。
なのに一つも減らず無事なのはどういうことだろう。
福井はやはり、何でもなさそうに言った。

「だってそれ、お前の分だから。他の奴にはやらねーよ」
「…はあ。なに、福井。私が来るの待ってたの」
「お前イベント事好きじゃん。甘いものも」
「そうだけど。たかられるって分かってて?」
「まあな。オレも物好きだよなー」

私の言葉でようやく気付いたらしく、本人も何やってんだか、といった顔をする。
まったく、この男は。

「でも、少し残念」
「んだよ、そんないっぱいあるんだから足りるだろーが」
「量の話じゃなくて。これだけ用意がいいと、福井にいたずらできないね」

ぽけっと口を開けて数秒間。
それから一気に顔を赤くした福井が「バカじゃねえの」と肩を叩いてくる。痛くない。
自然と浮かんでくる笑みに、福井はむう、と拗ねた顔をしてそれきり口を利いてくれなかった。

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