「緑間に私の友人を紹介しようと思う」

そう言って連れてこられた場所は、幼い子どもですらろくに遊べないような、何もない空き地だった。
彼女はといえば、道中の八百屋に寄って買ったリンゴを手に何かを待っている様子である。
友人、と言われはしたが野良犬や野良猫の類を紹介されたらどう反応すればいい。
そんなことを考え始めたのはもう20分ほど前だ。
ふいに彼女が「緑間、」と名前を呼ぶので、不安な心持ちでそちらへ視線を向けた。

「ちょっと見ててね」

いたずらっぽく微笑んだ彼女が、手近な岩の上にリンゴを置いた。
空き地に放置されるにはやけに大きく、自然物にしてはやたらと整った形をしている。
真意がつかめず、何がしたいのだと問いただそうとしたところで、隣接する神社の方からどうと強く風が吹きつけた。
思わず閉じた目を開いても、彼女はうろたえもせず、そこに立ち尽くしたままリンゴの行方を見守っている。
カラスでも待とうというのか。
そう思ったとき、岩の上で静止していたはずのリンゴがひょいと持ち上がった。
彼女の手によって、ではない。
ひとりでに空中に浮き上がったのである。

「は…?」
「うん、いいよ。おみやげ」
「待て、何を一人で話している」
「…やっぱり緑間には見えないのか。どうしようね?」

宙をぷかぷかと漂うリンゴというのも信じられない光景だが、彼女が何もない空間に向かって会話を始めたことに一番驚かされた。
こちらにはまるで分からない話を依然として進める友人の思考を本気で心配していると、「わあ、」と一声上げた彼女が突如前につんのめった。
前傾した彼女の身体を支えるものはないというのに、片足でふらふらよろめく彼女は緩く首を振っている。
まるで見えない何者かに抱きすくめられているような格好だ、そう思ったところで自分の考えの馬鹿馬鹿しさに呆れた。
そんなはずはない。超常現象は信じない方だ。
しかし、今の状況を「ありえない」以外の言葉で表現できるわけもなく、一人でバタバタもがく彼女をただ見守った。

「そんなに嬉しかったかあ。また何か持ってくるよ」
「おい…」
「彼ね、やっぱり君が見えないってさ。どうすればいいかな…うん?わかった、やってみるよ」

それまでオレの見えない何かと話していた(ように見える)彼女が、ずいとこちらに身を乗り出してきた。
一歩下がる間もなく、下方から眼鏡をすくい上げるように奪われて、視界は一瞬にして不明瞭になった。

「緑間、ちょっとこれ借りるね」
「待て、いったい何をする気だ」
「見えるようにしてくれるって」
「いい加減にしろ。見えるとか見えないとか何の話か知らんが、眼鏡を取られては見えるものも見えないだろう」
「ごめんね、分からず屋で。お堅いんだ、彼」

最後の一言は自分に向けてのものではないだろう。
勝手なことばかり言う。
彼女の言動に振り回される状況にいよいよ腹が立ってきて、文句を言ってやろうときつく目を細めるとわずかに焦点が合う。
彼女の手にあった眼鏡が軽く浮いて、元の位置にゆっくり落ちる。

「はい、お待たせ。これでいいはず」
「何なのだよ一体…」

訳がわからず、適当にかけ直された眼鏡のブリッジを指先で上げようとしたものの、その手は途中で止めざるを得なかった。
クリアになった視界の中、彼女の隣に奇妙な出で立ちの男が姿を現していた。
つい先ほどまではいなかったはずである。
朱色の着流し姿に高下駄を履き、黒髪の隙間から覗く瞳は不思議な色に光っている。
その手には彼女が持ってきたリンゴが一つ、大事そうに握られていた。
彼女の傍らにある岩からひらりと下りてきて、男は朗らかに笑んだ。

「よう、堅物。ようやくオレのことが見えたかよ?」
「……」
「驚いちゃったみたい」
「相変わらず、人間って見識が狭いよな。自分の目で見たことしか信じやしねぇ」
「まあ、そういうものでしょ」
「はーあ、やっぱオレと上手くやれんのなんてお前だけだって」

彼女に背後からまとわりつく男は、横目でこちらを見やった。
その視線から好意などは感じられない。
品定めするような、睨めつけるような目つきだ。

「つーか、紹介したい友達ってこいつかよ。男友達だなんて妬けちゃうんだけど」
「話し相手増えた方がいいかなって」
「お前いるからいーもん」
「おい、おい。誰なのだよ、こいつは」

彼女の肩に腕を回して無邪気に笑っていた男は、横槍を入れたオレに向けて露骨に顔をしかめた。
対して、こちらをきょとんと見つめ返した彼女は言葉を選ぶように暫し逡巡した。

「…何なんだろうね、君は」
「オレ?オレはそこの神社に住んでるしがない天狗だぜ」
「なるほど、自他ともに認める高慢ちきな男というわけか」
「…はあ〜?なあ、こいつマジでわかってねーみたい」

小馬鹿にしたように語尾を伸ばした男に苛立ちが募る。
胡散臭い奴だ。
いつこの空き地に入ってきたかは知らないが、オレの友人をたぶらかすのはやめてほしい。
彼女もこいつの支離滅裂な言動にそのうち呆れ果てるだろう。
そう予想したのに、現実は違っていた。

「えーと、彼の言う通りです」
「これで納得したか?眼鏡クン」
「…悪いが理解できない。この際はっきり言ってくれないか。こいつは何者だ」
「だから、さっき本人が言った通りだよ。リアリストの緑間には申し訳ないけど、天狗なんだって」
「どーもー!妖怪やってます!」

至って真剣な彼女と隣で軽薄そうにおどけてみせる男に、眩暈を覚えた。
これは本当に現実か?


緑間に冷たくて、ヒロインにだけデレデレな高尾の可能性が熱い。
普段は格好を現代風にアレンジしてる天狗高尾には羽根もちゃんとあるよ
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