当人を前にして苛立ちは増すばかりだった。
涼しげな顔つきで本に目を落とし、アイツを待っているらしいこの男はオレを気にかける素振りなんて欠片も見せない。
眼中にないってか、この野郎。轢くぞ。
ここは一年の教室で、場違いなのは上級生である自分の方だと知りながらも、気遣う相手なんざ今ここにはいない。
ガンッ、と手近な椅子を蹴り上げると、緑間が煩げに眉を寄せてからオレと視線を合わせる。
いつまでも澄ました顔してんじゃねえよ、ムカつく。

「なあ、お前アイツと話すのやめねえ?」
「…何故です」

名指しにせずともわかるはずだ。
こいつが日常的に会話を交わすなんて、相棒とかいう高尾を外せば限られてくる。
それまでの表情より分かりやすく敵対心が覗いて見えて、鼻で笑った。

「お前、アイツと話す時どんな顔してるか自分で知ってんの?似合わないことはやめとけっつってんだよ」

しばらく黙り込んで、ふいに視線を外した緑間がため息を吐いた。
何だよその反応は。
図星だったにしろたった今意識したにしろ、言葉にしないと相手には伝わらないに決まってる。
すべて自分で分かっていることを相手にも察してもらおうだなんて、傲慢だ。
そんなことをアイツにも強いているのか。
想像したらますます腹が立った。

「…常々訊きたかったのですが」
「ああ?」
「宮地さんはアイツと昔からの付き合いだとか」
「…そうだよ。小さい頃から知ってる」

アイツに関して知らないことなんてないと思ってる。
だから気に入らない男は決して近付かせなかった。
ただ緑間に関しては、聞き分けの良かったはずのアイツに話が通じない。
絶対にお前が苦労するだけだから、と言っても平気だと笑っていた。
確かにガラが悪いとか素行が目に付くとか、そういうタイプの人間ではない。
引き離すための表立った理由が見つからなくて、オレは焦った。
そして懸念したとおり、同じ学年で同じクラスのアイツはこいつなんかと仲良くしているそうだ。
なんで、よりによって。

「しかし、恋仲にある訳ではないんですよね」
「だったら何。彼氏じゃなくても、お前みたいなのと関わってるのは心配して当然だろ」
「…そうですか」

俯きがちで何かを考えているらしい様子からは何も読み取れない。
何が言いたい。
そんなことを確かめてお前は一体何を思う?
オレとアイツの関係に大した名前がついていなくても、大切に思うのに理由なんていらない。
そう思って気持ちに蓋をして、兄みたいな存在でもいいからそばにいたいって、ずっと自分の中に押し込めてきた情けない感情が溢れそうだった。
緑間はゆっくり吐いた息を切ると、まっすぐにこちらを見つめた。
男のくせにやけに綺麗な瞳にぞっとして、ややあってから目を逸らす。
どうして、向き合えない。

「彼女に友人の関係を強いたことはない」

澱みなくなめらかに、あくまではっきりと緑間は続けた。
意志の強い瞳は変わらないのに、その主張は何も知らない子供のような不遜さに満ちていた。

「彼女が望んで、オレが応える。そのことの、どこに宮地さんが口を挟む余地があるんですか」

怒りで目眩がした。
挙げ句、お前には関係がないと言い張るこの男。
いよいよ殴りつけてやろうかと思って一歩踏み出したのは、控えめに開いた扉の音に遮られた。

「真、…緑間くん?宮地さんも、どうしてここに?」

他に誰もいないと思ったのだろう。
わずかに紡がれた緑間の名前を聞き逃すことなんてできなくて、握りしめた拳を力なくほどいた。
オレのことは、人前だと迷いなく他人行儀に呼ぶというのに。

「用事。部活の」
「あ、そうか…他にないものね」
「邪魔して悪かったなー」

ひらりと手を上げて、この苛立ちを悟られる前にさっさと退散したかった。
けれど、とっさに軽く引っ張られた服の裾を視線でたどる。
オレを見上げるまっすぐな瞳に、そこから動けなくなった。

「宮地さんのこと、邪魔だなんて思ってない。久しぶりに会ったのに」
「…わかってるよ。性格悪いこと言って悪かった」
「だからそんなことは、」
「ハイハイ、また週末にでも会おうぜ。勉強教えてやっから」
「うん」
「あと、その呼び方やめろ」

こういう時ばかりはやけに強く否定をするんだ。
付き合いだけは長いから、相手が自分を卑下するのには無駄に敏感で。
しかもそれを不本意に感じて、否定したくなる。
もうお決まりみたいなものでも、構ってもらえれば嬉しいんだ。
さらりと柔らかい髪を撫でれば素直にうなずくから、離れがたいと思ってしまう。

「…帰らないのなら、置いていくが」
「あ、ごめん。すぐに用意する」

しかし、彼女から易々と離れていってしまうのは事実だ。
こんな男の言葉ひとつで。
どうしようもなく悔しい思いは、手を振るアイツに返した笑顔に押し隠して、今度こそ足早に教室を出た。
そのまま階段まで駆けていって、壁を殴りつけた。
いつまでオレは悩まされるんだ。
いつまで、あいつらは互いを友達などと言っていられるのか。
楽しそうに話す二人の姿が浮かんで消えなかった。
やめろ。
別にそいつじゃなくたっていいだろ。
何でも持ってるお前が、わざわざそいつをオレから奪うのかよ。
こんな言葉、死んでだって言えるものか。

(きっとオレが羨ましいように、お前もオレを妬んでるんだろう)
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