風邪を引いた時はいつもなんだか心細くなって、誰かがそばにいてほしい、と思う。
その誰かは、できれば美しい彼の人であってほしかったけれど、彼は人間ではないし、何より常日頃から仕事が忙しいから無理だろうと諦めていたのだ。

「お邪魔します」
「ど、どうぞ…」

そんな私の愚痴を拾い上げるくらい、鬼というものは地獄耳なのだろうか。
私服姿の災藤さんはとても新鮮で、私は正座をして出迎えてしまった。
私と向かい合うように座り、人心地ついた災藤さんは苦笑した。

「そう畏まらないで」
「無理、です、ね」
「おとなしく寝てくれたらお土産をあげよう」

病人は寝ておきなさい。
その一言に逆らえず、私はベッドへすごすごと戻った。
はじめて恋人が自分の家を訪ねてくれたのにおもてなしもできないなんて。
情けなくて涙が出てくる。
災藤さんは私のそばまでやってくると、前髪を払うように頭を撫でてくれた。

「どうして来てくれたんですか」
「貴方のせいですよ。寝ていれば治るなどと、子供のようなことを言うから、気になって来てしまった」

寝ていてもいい、そんな内容のことを言って、彼がお土産の袋を手に台所へ立つ気配があった。
風邪特有の気だるさと眠気にまどろんで、どれくらい時間が経ったのだろう。
ことり、という音に目を開けると、ベッドの近くのテーブルにガラスの器がふたつ置かれている。
視線をずらすと、災藤さんが腰を下ろすところだった。

「よく眠れた?」
「…はい」
「特務室に桃をたくさんいただいてね。日持ちしないから早めに消化するようにと、キリカにも言われているんだよ」

ぼやける視界の中で目をこらすと、ガラスの器に少しいびつな形をした桃が入っているのがわかった。
甘い香りがただよってきて、途端に空腹を自覚する。

「もちろん、貴方に持ってきた分はとびきり甘そうなものを厳選したから安心して」

災藤さんはひとつの器を手に取ると、フォークに突き刺した桃をこちらに差し出した。
意味を理解しかねていると、「食べないのかい」と笑われる。

「じ、自分で食べられます。子供じゃあるまいし」
「ふむ。残念だ」

災藤さんはフォークを器に置き、私へ差し出した。
私が受け取ると、彼はもうひとつの器から桃を食べ始める。
私ひとりに食べさせると気兼ねするからだろうか。
災藤さんの薄いくちびるに桃の甘い汁がついて光っているのを、なんだかとても貴重なもののように眺めてしまった。
風邪のときに桃を食べるなんて、いつ以来だろうか。
口にした果実はやはり少しいびつな形をしていて、時間をかけて剥いたからかぬるくなっている。
とても普段から料理をする人の手際ではない。
そんな人が、私のためにと桃の皮を剥いてくれたのだ。
精巧なつくりをした彫像のような人にそんなことをさせてしまった申し訳なさと優越感がないまぜになる。

「美味しいね」
「はい、美味しいです」

こんなに優しくされた跳ねっ返りは明日以降に来る気がして、私はぽつりと漏らしてしまう。

「私、死ぬんでしょうか」

彼はくすくすと笑った。

「おや、風邪ごときで死んでしまうのかい?寂しいことを言わないで」




枝豆に塩をもみこんだレベルで「料理って大変だね」という災藤さんが桃の皮を剥いてくれる愛情
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