*赤葦くん視点


「赤葦はさぁ、文豪っぽくない?」

自分でもよくわからないうちに昼飯は部の人たちと食べる慣習になっていた。誰かが言い出したわけでもないしなんでかはたぶん誰に聞いても首をかしげるだけだろうけど、あの人たちはきっとそういう動物というか生物なんだと思う。その種の個体間に誘引などの要素がなくても特定の環境条件を求めた結果として集まってしまう、わかりやすいもので例えるならヤドカリが確かそれに該当するんじゃなかったっけ。まぁ別に俺も自分のクラスにいたって誰か特定の人間と昼飯を食べるわけじゃないし、俺自身気づけば当たり前のように先輩たちといるし。俺もヤドカリかもしれない。

その先輩たちが集合しているであろう場所に弁当箱引っさげて向かったら、大方の人たちは来ていてむしろもう食べ始めているところだった。それで俺の名前が本人のいないところで出されていてしかも文豪ときたから絶対ろくな内容じゃないことは簡単に想像がつく。

「なんの話ですか?」
「お、噂をすればあかーし!」
「噂ってどうせまたくだらないことでしょう、木兎さん」

文豪と発した張本人であるなまえさんは大きなおにぎりにかぶりついているところで、「いま第一印象の話してたんだよ」と向かい側にいた木葉さんが代弁してくれた。ハムスターのように頬を膨らませて咀嚼していたなまえさんは口の中を空っぽにすると、「だってそれっぽくない?」とあろうことか俺に言ってきた。いや訊ねる相手が違うでしょう。

「なんか髪の毛もちょっとそれっぽいな〜って。前も少し長かったじゃん?」
「そんなに変わらないと思いますけど」
「あ〜でもわかるわ。なんか落ち着いてるし」
「教科書開いたら太宰治の隣に赤葦京治って載ってそうだな〜」
「小見さんも猿杙さんも同調しないでください」

太宰治の治は赤葦京治の治だしね!なんて言ってなまえさんや小見さんはわははと笑う。その横で「ぅおい!ブンゴウってなんだ?!」と一人会話に乗れない木兎さんのその問いかけは華麗にスルーされていた。

「んで、鷲尾くんは体育の先生!なんでこの人制服着てんのって思ったもんね」

続くターゲットは鷲尾さん。体育の先生というワードに本人は複雑そうな表情で、だけど周りの先輩たちはなんと言うか”わかるわ〜”な空気を漂わせていた。確かに鷲尾さんには同世代にない落ち着きというか貫禄があるような気はする。それも木兎さんというキャラクターがいるから余計にそう感じてしまうのかもしれないけど。

「にしてもおま、体育の先生って中々ピンポイントに狙ってくんな」
「えーでも実際なかった?」
「確かに先生と間違われて呼び止められたことはあるな」
「でしょー?」
「なあ俺は?!俺の第一印象は?!」

ハイッとまっすぐ手を挙げ、そわそわしている様子の木兎さん。いやどんな反応を期待しているのか知りませんが高確率で木兎さんの想像しているような内容ではないでしょうし、逆に聞かない方が本人のためかと思うんですけど。案の定なまえさんに「単細胞っぽい」と容赦なく切り捨てられ、周りは声にこそ出さないけどやっぱり”わかるわ〜”な空気に包まれる。「単細胞ってひどいっ!」ゲーン、とまるでそんな効果音でも付きそうなくらいショックを受けている木兎さんだが、この人のことだから数分後には忘れているだろう。だって単細胞だから。そういう意味では単細胞も悪くはないと思う。

「ある意味第一印象からブレないよね〜」
「ほんとそれ。このまんま年取りそう」
「高校卒業しても世話係の赤葦がいないと」
「勘弁してください」

進学してまで木兎さんに手を焼かされるなんてまっぴらごめんですよ。

「じゃあ俺はっ?俺はどうなの?」
「木葉ぁ?うーん……」

そうだなぁ、と小首を傾げてはマネージャー二人を見やるなまえさん。弁当をパクつく二人の表情は明らかにニヤついているけど、たぶんそんなこと分かりもしないだろう。木葉、木葉ぁ?木葉ねぇ。譫言のように木葉さんの名前が呟かれるが、最終的に出てきたのは「特に何も……」という大変残念な結果だった。これなら印象に残ってるという点では単細胞の方がいくらかマシかもしれない。いくらか。

「は?ちょ、特に何もってなんだよ!沢尻かよ!」
「いやだってわたし一年の頃の木葉のことあんま覚えてなくてさぁ」
「ミスター空気、木葉秋紀!」
「おいこら誰が空気だ!」
「でも自主練でよく残ってるの見かけてからはなんか真面目だし一生懸命でカッコイイなーって思ってたよ」
「!!」

カッコイイ、さらりと紡がれたその五文字はこの場の空気を一瞬で変えた。なんださっきまで文豪だの体育の先生だの単細胞だの言ってたのに木葉(さん)はカッコイイかよ!……っていう見事な一体感。なまえさんって自覚ないだろうけど、絶対天然入ってると思う。普通そんなさらっと本人を前にして言えるもんでもないでしょ。木葉さんは照れてどもり気味になるし、なんなんですかこの空気。ご馳走さまとでも言ってやればいいですか。

「あ、じゃあ赤葦は〜?ここにいるみんなの第一印象〜」
「俺ですか」

空気を一掃するかのように白福さんが話題を振ってきたので、俺は先輩たちを見回して一言、

「ヤドカリですかね」

まぁ、第一印象ではないけど。

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