卵、ココアパウダー、砂糖、バター、菅原。…あれ、菅原?学校帰りに商店街の小さなスーパーで買い物をしていたら、ドリンクコーナーに佇む菅原を発見した。後ろからそっと近づいて驚かそうとしたけど、声をかける直前に振り向かれてしまい失敗に終わった。ばればれだっつーの。そう云ってからからと笑う菅原が、今この時間帯にここにいる、ということは今日は部活に顔を出さずに帰ってきたのだろうか。面倒見の良い菅原は、部を引退してからもちょくちょく様子を見に行って後輩を叱咤激励しているみたい。いまのバレー部は随分と個性派揃いのようだから、心配な部分も大いにあるんだと思うけど。

「なにそれ、バレンタインの買い物?」
「ちがいますぅ〜」
「はは、顔にかいてるけど」
「もー空気読んでよー!」

腕の辺りを軽く叩くと、菅原はごめんごめん、笑いながら謝ってくる。ペットボトルの炭酸飲料を手にした彼と、緑色の買い物カゴを引っさげたわたし、なんとなしに二人並んでゆっくりと歩き出す。いわゆる、そぞろ歩きってやつ。だって買うものは全部カゴにぶっ込んだし、あとはレジに向かうだけだし、菅原もきっとそうかもしれないけど、このまますぐに別れてしまうのは厭だったから、あえてまたお菓子コーナーに足を運んだ。

「今日は体育館行かなかったんだ」
「まあな。毎日行けばうざい認定されそうだし」
「そんなことないでしょ。あ、でも一年の月島くん?はまた来たよこいつとか思ってそう」
「あいつもなー、素直じゃないけどいいやつなんだよ」

影山も、田中もみんなさ。隣でそう語る菅原は本当にうれしそうで、まるで大好きな彼女の話をするようなやさしい目をしていた。菅原がいままで、特に最高学年になってから部のことで何度も懊悩して、でもそれ以上に欣喜雀躍してきたことを知ってるから、だから聞いているわたしまで自然とやさしい気持ちになってくる。たかが部活でしょって云う人もいるけど、たかがじゃないの。されど部活なんだよ。柔らかい笑みを浮かべる菅原の横で、買う必要のないアーモンドダイスの袋をカゴに投入する。まあ、いつか使います。

「ところで今年はなに作るの?」
「ガトーショコラだよ」

去年と同じ。そう云って、すぐにしまった、と口をつぐむ。気まずく思う必要なんて本当はどこにもないのに。けどわたしには、それを後ろめたく思う気持ちがあった。会話がなくなれば、向こう側の鮮魚コーナーから流れるおさかな天国がやたらとクリアに聞こえる。菅原は怪訝そうな顔で、なしたの、と訊ねてきた。あ、ううん。なんでもない。なんでもなくは、ない。

前述の通り、去年もガトーショコラを作った。お菓子作りなんてほぼ経験皆無に等しかったから、見た目はちょっと……うーんな感じだったけど、初挑戦のわりにはまあまあおいしくできて。仲良い女友だちにあげる用と、菅原にあげる用。菅原の分は、すこし多めに入れてみたりして。特別あげるって約束してたわけではないけど、バレンタインが近づくと自然とそんな話題になって、菅原がガトーショコラを食べたいようなそんなニュアンスの言葉をこぼしてたから、一応準備はしていた。でも、まあ。想像はしてたけど、バレンタイン当日、わたしと菅原はほとんど会話ゼロでその日を終了してしまった。授業が終わればその度に先輩やら後輩やらに呼び出されて、チョコを渡す隙なんてどこにもアリマセン。カバンから溢れそうなチョコレートの数々に菅原ってやっぱモテるんだな〜って思う以上に、本当はだれよりも喜んでくれる姿が見たかったんだけどな……って途方もない虚しさがぐるぐると渦巻いて、結局そのチョコは別の子にあげてしまった。今年だって、ちゃんと渡せるかどうかはわからない。でもわたしの中で、去年の話題は避けていたつもりだったのに。

「去年のもうまかったよ。形はともかく」
「えっわたしあげたっけ?」
「野中がくれたんだよ。スガもらえなかったの〜?ってなんか同情されて」

あっ去年ちゃんとお礼云ってなかったよな〜マジごめん!菅原は顔の前で手を合わせ、それとさ、とすかさず言葉を紡いだ。それとさ、変なこと聞くけど。うん。

「去年、他の男子にあげたりした?」
「あげてないよー女子限定。なんで?」
「いや……ミョウジのチョコ食えんのが男で俺だけだったらなー、とか。あーごめん!変なこと云った!」
「なにそれ恥ずかしいんだけど」
「なんでミョウジまで照れてんの」
「云われる方も恥ずかしいんです」
「そういうもん?」
「そういうもん」

それって、どう捉えたらいいの。つまり、そう捉えてもいいの。期待しちゃって、いいんですか。ねえ、菅原くん。菅原の耳はほんのり赤くなっていて、だけどわたしもきっと、負けてはいないんだろう。男の店員さんが不思議そうに目の前を通りすぎていくけど、いまは周りのことを気にしている余裕なんて全然ない。

今年はさ。
チョコレート、ちゃんとあげるから。きっと今年も菅原は始まりから終わりまで大忙しなんだろうけど、それなら朝イチでも放課後でもなんなら授業中でも、必ず渡すから。だからちゃんと食べてよね。まずくても、絶対だよ。まずいって云ったら怒るからね。そう喋れば、菅原は歯を出してニッと笑った。

「おお、期待してるわ」

期待してる菅原に期待しそうになっちゃってるんだけど。いっそのことこの気持ちも受け取ってくれないかなぁ。なんてね。


20150205 BD企画菅原ver

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