初詣の帰り、ナマエのお母さんのご好意でお昼をご馳走になることになった。おいしいお雑煮とおせち料理。去年もご馳走になったんだけど、ナマエいわくお母さんが俺のことを大層気に入ってくれてるそうで、また来年も招待するようしつこく云われていたらしい。孝支の顔ってたぶんうちのお母さんのモロタイプなんだよね〜だからわたしも孝支の顔好きなのかも。寒さですこし震えた唇からそんな言葉を紡ぎ、ナマエはわははと笑った。ナマエに顔を褒められたの、たぶんこれが初めてだ。前に好きな芸能人の話をしたとき阿部寛って答えてたから、あー俺って全然好みじゃないのかなーって思ってた。さらっと云われた言葉でも、内心かなり嬉しい。

「お昼までまだ時間あるしまったりしてよー」
「準備手伝ったりしなくて平気?ただご馳走になるのも悪いし」
「いーのいーの。お母さん台所に人いっぱい立たれんの嫌いだから」

孝支においしいって褒められればそれで十分なの。なんて俺としてはどうにも気が引けるけど、ナマエがそう云うんならおとなしく従うことにする。そうしてナマエの家に到着すると、あそぶように落ちてきていた雪も本格的に降り始めて。ちょうどいいタイミングだな。うん、ほんとほんと。そんな言葉を交わして、家の中へと入っていった。


「じゃーん。こたつ始めました〜」
「おーマジか羨ましい。それで今日ちょっと遅れたべ」
「ちがうよー眉毛かくの失敗した」
「へーそれかいてんだ。自前だと思ってた」
「わたしの腕がいいから」
「でた自画自賛」

リビングから顔を出したナマエのお母さんに新年の挨拶をして、吸い込まれるようにナマエの部屋へ。何度も足を踏み入れている彼女の部屋は、すっかり冬仕様に変わっていた。まあ、机の上は安定の汚さだし、クローゼットからなんか洋服っぽい布切れはみ出てるけど。慌てて片付けてる姿を想像すると笑いがこみ上げてくる。ナマエはすぐさまテレビとこたつの電源を入れ、はいろはいろーと促されるままに足をつっこめば、足先は徐々にじんわりとした暖かみを帯び始めた。

「あーこのままずっと正月気分でいたい」
「ちゃんと課題はやってんのか?」
「…まあね」
「あ。その間は絶対やってねーべ」

図星を指され口を尖らせるナマエ。夏休みのときに課題を終わらせられなくて泣きつかれたのは記憶に新しい。あのとき冬は早めにやれよって注意して、ナマエもうんわかったなんて云ってた気がするんだけど、さては忘れたな。だって課題多すぎるんだもんやる気でないよー、こどもみたいに文句を垂れる彼女にじゃあ今からやる?と聞けば、即座に首を横に振られた。首がもげそうな勢いだ。

「今日はだめ。今日は孝支とまったりイチャイチャする日だから」

ふーん。じゃあ。
俺はナマエを、ちょうどナマエの後ろにあるクッションに頭が乗るようにゆっくりと押し倒した。こうやってふたりで話すのもいいけど、イチャイチャなら俺だってしたい。好きな子なら、いつでもキスとかしたいって思うし。ちょっと強引かなって気もしたけど、ナマエみたいな鈍チンにはたぶんこれくらいがちょうどいい。下から俺を見つめるその表情とか、クッションに広がる黒髪とか、いつナマエのお母さんが上がってくるかわからないスリルさとか、いろんな要素に俺自身、かなりドキドキしてる。

「イチャイチャしたいんだろ?」
「き、きかないでよ」

自分で云ったくせに。すこし意地悪く返せば、ナマエはなにも云い返せなくてただ顔を赤くするだけ。綺麗な白い肌に赤みがさすと、なんかそれだけで色っぽく見えてしまう。あ、それ。俺の好きな顔。無意識にみせるその艶のある表情に、俺の方がどうかしちゃいそうだ。ナマエはふいと顔を背け、広がる髪の間からうなじがみえる。そうすれば、またドキドキせざるを得ない。俺はゆっくりと顔を近づけた。

「ま、まって!」

云うが早いか、俺の肩を強く押し返してナマエは逃げるように起き上がった。拒否られたショックが、ずんと重くのしかかる。やばい。もしかして今そういう気分じゃなかったのかな。うわ、どうしよ俺ダサすぎ。ナマエはしどろもどろになりながら、凹んでる俺に云った。

「ちがうの。あの、キスが嫌とかじゃなくて、それで拒否ったんじゃなくて、」

くち、口がね。あわあわしてるナマエからそんな単語が飛び出した。くち?もしかして、口になんかついてる?それとも口臭かったとか?うわーもっとダサい。肝心な場面で醜態をさらしてしまったことに余計凹んでいると、ナマエはまた、ちがうの、と口をもごもごさせて応えた。

「わたしの口がね、」
「ナマエの口?」
「ちょっと荒れてて、だからこんなんでキスして、孝支に引かれたら嫌だなって思って」

よっく見れば、確かに上唇の左端にブツブツがふたつ並んでいた。よく体調が悪いときとかビタミン不足のときに出るっていう、ヘルペス、だと思う。こうして近づかなきゃ、そんなにわからないような大きさだけど。

「痛い?」
「普通にしてればそんなに痛くはないよ」

俺は諸悪の根源が自分ではなくこのヘルペスだと知って、心から安堵した。そんなこと、って云えばナマエには悪いけど。でも、キスがやだとかじゃなくて本当によかった。そっか、ナマエもそういうの気にするんだな〜。その言葉にムッとした様子のナマエは、俺の頭を小突いてくる。小突くっていうか普通に痛いけどな。

「孝支が相手だから気にすんの!他の人なら別にどうだっていいけどさ」
「ごめんごめん。でも俺そんなことで引かないし引かない自信もあるし。大体そんな器の小さい男に見える?」
「みえません」
「だろ?だから心配しなくていーの」

普段のあっけらかんとしたナマエも好きだけど、こういう女の子モード全開のナマエもかわいくて好きだ。こうやってナマエは俺に、いろんな一面を見せてくれる。片付けるのが苦手なところ。時々、気にしいになるところ。そうやっていろんな一面を見せられて、ますます好きになる。はあい、間延びした返事をしてはにかむナマエの頬に、俺はそっと手を伸ばした。ほとんど、無意識のうちに。

「……あっ」

ごめん。慌ててその手を離す。いま俺、普通にキスしようとしてた。これじゃあ俺に引かれるどころか、逆にがっつきすぎて俺が引かれるって。微妙な沈黙。ほぼ同時に、流し見ていただけの特番もCMに切り替わる。さっきの安堵感がみるみるうちに消えていくのを感じていると、ナマエの口から、なにか言葉のかたまりが漏れ聞こえた。

「…やめないで」
「え?でも痛むんじゃないの」
「安心したら、なんかわたしもすごいキスしたくなっちゃった」

えへへと恥ずかしそうに笑うナマエ。そんなこと云われたら、俺だって我慢できないよ。引かれるかもしんないけど、いますぐ、めちゃくちゃキスしたい。もう一度寝かせれば、ナマエの潤んだ瞳とぶつかった。なるべく刺激しないよう、やさしいキスをする。もう一度、もう一度。何度したって、またしたくなる。今度はもっと、いろんなところに触れてみたくなる。そんな顔されれば、なおさら駆り立てられるだろ。

「ごめん、ナマエ。とめられないかも」

いまナマエのお母さんが俺たちを呼んでくれたら、きっと理性を保てるだろうけど。たぶん俺は、ナマエがいいよって云ってくれるのを期待してる。まだ呼ばれませんようにって、そんなことも願ってる。できるなら、もう少しこのままで。微笑むナマエの唇が、ゆっくりと開いた。


20150106

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