冬はそんなに好きじゃない。単純に寒いから。初詣なんてなおさら行きたいと思わない。人混みが激しすぎるから。でも彼女の『いきたい』って要望を拒否するほど男としても人としても薄情ではない、と思う。いいですよって応えれば、あの人ホント嬉しそうに笑うから。ナマエさんのため、それ以外の理由なんてない。

待ち合わせに指定されたコンビニを通り過ぎ、そのままナマエさんの家を目指す。ここから信号をひとつ越えた先。さっきラインしたらもうすぐ!って返事きてたから、たぶんまだ出てはいないだろう。歩行者信号はタイミングよく青に切り替わったから、立ち止まらずにひたすら歩みを進める。そうしてナマエさんの家に到着したちょうどそのとき、ポケットの中でラインの通知音が鳴った。絶対、いま出る、だと思う。その証拠にほら、玄関の扉が勢いよく開かれて、ナマエさんが姿を現したから。一瞬おばけでも見るようなひどく驚いた顔をして、すぐに笑顔で尻尾を振る。そういう犬みたいに忠実で、甘えたで、素直なところがかわいい。あと単純なところも。そこは木兎さんとちょっとかぶるけど。

「赤葦くん!あけましておめでとう!」
「今年もよろしくお願いします」
「ところでなんでここにいるの?」
「ナマエさんが遅いからです」
「えーごめんなさい」

冗談です。ほら、行きますよ。そう云って手を差し出せば、ナマエさんは心底嬉しそうにその手を握った。あなた手繋いでないとすぐ迷子になるでしょう。なんて云ったら怒りそうだからやめておく。赤ん坊みたいに温かいその手の持ち主は、恥ずかしいという理由で彼氏の俺を周りと同じように苗字で呼ぶ。ナマエさんは、いつまで経っても名前呼びができない。今年も『赤葦くん』スタートだ。

「木兎くんたちも初詣行ってるかな」
「来てればすぐわかりますよ。うるさいから」
「あーまたそういうこと云う!」

時々、先輩はもっと敬いなさい!ってナマエさんに叱られるけど、木兎さんはともかくとして、この人を先輩と思えた試しが一度もない。ただ俺よりも、産まれたのがすこし早かっただけの人。そうやって云うんならもっと先輩らしく振る舞えばって思うけど、変に先輩ぶったりしないのがナマエさんのいいところだ。そういう部分も、木兎さんに似ている気がする。

眠りから醒めた町は正月の匂いで溢れかえっていた。店先の門松、鏡餅、注連飾り。年が明けた実感なんて毎年わかないけど、こういうのを見ると、それらしい気持ちになってくる。歩いて、歩いて、ナマエさんの歩幅で神社近くまでやって来ると、人口密度も少しずつ高くなってきた。本当にはぐれるといけないから。握る手に、力を込める。呑気なナマエさんは、餅つきやってるかな〜、と声を弾ませていた。


「これ並ぶんスか……」

思わず、そんな言葉が口から洩れた。この神社はわりと有名なこともあって、毎年結構な参拝客が訪れることは知っていたが。やっぱり、ナマエさんが行きたいと云ってなかったら、絶対に来ることはなかっただろう。人の波に酔いそうだ。

「ナマエさん、待つの苦じゃないんですか?」
「苦手だよ。でも赤葦くんがいれば色んな話ができるでしょ?」

だから平気だよ。ナマエさんは、にんまりと笑って云う。この人、名前で呼ぶのはやたらと恥ずかしがるくせに、こういう台詞はさらっと口にしてしまうんだから。云われた俺だけが気恥ずかしくて、そっけない返事しかできない。ナマエさんも、もうちょっと恥ずかしがるとかしてくださいよ。
それから参拝までの間は、ナマエさんの言葉通りいろんな話をしてすごした。とりとめもなさすぎて明日には忘れてしまいそうな内容だったけど。ナマエさんのおかげで、順番はあっという間に回ってきたような気がする。

「ナマエさん、なにお願いしたんですか?」
「聞きたい?聞きたい?」
「やっぱりいいです」
「なんでよー!」

だって顔に書いてるし。俺とずっと一緒にいられますように、って。その目尻の垂れ下がった顔を見れば、本人の口から聞かなくてもよくわかる。逆にわからない方がおかしいでしょってくらい。

「じゃあ赤葦くんはなにお願いしたの?」
「ナマエさんが早く俺のことを名前で呼んでくれますように」
「えっやだ恥ずかしいもん」
「こんなことに恥ずかしがってたらその先のことなんてなにもできませんよ」
「赤葦くんのスケベ」
「別に俺なにも云ってないじゃないですか。なにを想像したんですか?」

ナマエさんのエッチ。云えば、ナマエさんはゆでダコみたいに顔を赤くして、俺の肩をバシバシ叩いてくる。これだからこの人をいじめるのは止められないんだ。一々反応してくれるから、愉しくて仕方がない。

参拝後はぶらぶら屋台巡りをしたり、つきたての餅を頬張ったり、混雑した中を歩くのには疲れたけど、それなりに楽しむことができた。最後におみくじを引いて帰ろうとナマエさんに手を引っ張られ、筒の中から出てきたみくじ棒の数字を確認。バイトっぽい巫女さんに渡されたおみくじを受け取ったナマエさんは、わあっと声を上げた。

「みてみて!大吉!赤葦くんは?」
「俺は……凶ですけど」
「あちゃー。日頃の行いが悪いからだよ」
「俺のどこが悪いんですか」
「わたしのこといじめるじゃん」
「いじめてほしそうな顔してるじゃないですかナマエさん」
「してないし!」

内心軽いショックを受けてる俺の手からおみくじを奪うと、ふんふん云いながら大吉のおみくじ、凶のおみくじをそれぞれ交互にみて、それから胸の中の落胆を蹴飛ばすようにナマエさんは云った。

「でも大吉のわたしと凶の赤葦くんが一緒にいれば、嬉しいことも辛いことも半分ずつ。でしょ?」

そういう風に云われれば照れくさいしなんて返したらいいか困るし、けど嫌な気なんてしてなくて、むしろ本当はちょっと嬉しいとか思ってる。だめ?と聞いてくるナマエさんにだめじゃないですと答えれば、ナマエさんはそれでよーし、満足げに微笑んだ。

20150103

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