「え、ミョウジさん?」

いやいやいやいや、まさかそんな筈はない。だって確かにリサーチ済みなのだ。夜間帯にこのコンビニを利用する同中の生徒がほとんどいない、ということは。何故かと云うと、この近辺には誰も住んでいないからである。それなのにまさか、まさか同中の人間、しかもよりによって彼に遭遇してしまうなんて。

蛙の合唱が賑やかな、時刻は午後9時を廻った頃だった。Tシャツにスエットというラフな出で立ちで近所のコンビニに足を運んだ私のお目当ての品は、プレミアムロールケーキと授業で使うA4サイズのノートが一冊。と後は、お姉ちゃんに頼まれたおにぎりのツナマヨとサラダと、ええと何だったかな。まあ電話して聞けばいいか。
自動ドアが開き、エアコンが効いた店内の爽やかな空気に首筋や背中の汗がすうっと引いていく。あー涼しい。お客さんはぽつぽつと、雑誌を立ち読みしているホストっぽいお兄さんやレジでお会計中のお姉さんくらいしかいなかった。店員さんはいつもこの時間に入っている気前の良いおばちゃん(よく廃棄のお弁当をくれるのだ。店長さんにバレてクビにならないかが非常に心配)で、私を見るや否や笑顔を向けて歓迎の意を表してくれた。事務的ではない「いらっしゃいませ」はやっぱり嬉しい。私もこんばんはと笑い返した。
会計を終えたお姉さんがホスト(略)を連れ、二人とも無言且つ無表情で店内を出て行く。倦怠期?それとも喧嘩中とか?なんて恋人事情に思考を巡らせていたら、おばちゃんも「喧嘩中なんかねえ、今の二人」とおんなじことを云ってきたので可笑しくてまた笑った。
それから棚の商品を手に取りつつ、おばちゃんと世間話をすることおよそ10分。私が来て以降最初のピンポンが鳴り、何となしに一瞥を向ければこれまたホストっぽいお兄ちゃん。電話中だ。喋り方はどちらかと云えば馬鹿っぽい感じ。しかも失礼だけど顔は全然イケてない。そこで視線をおばちゃんに戻すと、そのおばちゃんはあからさまに嫌そうな顔をしていたので、接客業なのに大丈夫かなクレーム付けられたりとかさあと危惧せずにはいられなかった。推しメンが氷川きよしなおばちゃんは以前、ここに来る若い男のお客さんは何故かああいうホストもどきが多いからつまらないと零していたような気がする。ちなみに私は水嶋ヒロが好きだ。誰も聞いてないだろうけど。
ホストもどき(以下もどき)が来店したその数分後、二回目のピンポンが鳴った。店内後方で脳内リストには無かったキレートレモンを買おうか葛藤していた私は再び何となしに視線を自動ドアへ向け、そして驚愕の事実に思わず二度見。なんでどうしてどうしよう。お客さんは四天宝寺のアイドル且つ意中の人、白石蔵ノ介くんだったのだ。え、白石くんの家ってこっちじゃないよね。仲の良い忍足くんの家も違った筈。じゃあ誰だ、千歳くん?石田くん?財前くん?いずれにせよ、私は絶対に彼と顔を合わせたくなどなかった。生憎好きな人にすっぴんを曝す勇気は持ち合わせていないし、それに何より普段あれだけばっちりメイクを施して登校して来る私のこの劇的ビフォーアフターっぷりを見られてしまったら、間違いなく彼はドン引きするだろう。それだけは是が非でも忌避したかった。

そして闘いは始まる。まずいの一番に白石くんが向かった先は文房具コーナー。私は蟹歩きでおつまみの置かれた棚の方へと移動し、気付かれないよう覗き見に勤しむ。もどきが変な目でこちらを見ていたけどそんなのは無視だ無視。あ、てか白石くん私と同じノート買ってる。やば、嬉しい。ちょっとテンションが上がった。
それから白石くんの足はお菓子コーナーへと進む。健康オタクの彼が間食なんて珍しい、と思ったら小さな紙切れと棚を交互に眺めていたので大方妹の友香里ちゃんにでも頼まれたのだろうと推測した。何買うんだろ。彼の一挙一動から私は目が離せない。ていうか友香里ちゃんは良いよね、あんな王子様みたいなお兄ちゃんがいて。
暫くの間お菓子コーナーを彷徨いていた白石くんは、結局何もカゴに入れることなく移動を開始した。置いてなかったのかな、欲しかった商品。一度通路で立ち止まり、左へ行くのか右へ行くのか、私は緊張の面持ちで注目する。万が一こっちへ進行してきても大丈夫なように、後退りながら。

「(…こっち来る!)」上手く間合いを取りながら、白石くんに見付からないよう化粧品コーナーへと逃げ込んだその時。それはそれは大音量で家族からの着信を告げるメロディーが鳴り渡り、私はうっかりカゴを落としてしまいそうになった。ビビらせないでよもう!いやそんなつもりはないだろうけどさ!
着信はお姉ちゃんからで、私は小声で応答する。何?まだ何か買ってくるものあるの?え、やっぱツナマヨじゃなくて納豆巻きにして?分かった。じゃあ後はいいのね?疑問形ながら碌すっぽ返事も聞かずに通話を終えると、私は怖ず怖ずと白石くんの気配を探し……あれ、いない。

「ミョウジさんやんな?」

ぎゃ!私は口から飛び出そうになった叫び声をぐぐっと押し戻す。背後から話し掛けてくる白石くんの声色は明らかに確信を帯びていて、しかし何が何でもすっぴんを見せたくない私はどうしたら良いものかと困り困った挙句フリーズするしかなかった。

「……ひ、人違いですよ」
「はは、バレバレやって」

おもろいなぁ。白石くんは笑うが私は寧ろ泣きたい。いやだってこの状況でどう笑えと。相手が白石くんじゃレベルは馬鹿みたいに高いし失恋決定だろうなとは予想してたよ、けどすっぴんが化け物だからって理由でフラれるのだけは絶対嫌だ。絶体絶命の中、せめてもの抵抗としてこのまま、つまり彼に背を向けたままの状態で会話に応じようとする私に彼は強いた。
「ミョウジさん、ちゃんとこっち向いて話せぇへん?」無理ですごめんなさい。そう素直に断ることができたらどんなに良かっただろう。私は白石くんの要求に応え、心の中で失恋にこんにちはしながら振り返る。せめて眉毛くらいは描いてくれば良かった……。まさに後悔役に立たず、じゃなくて先に立たずだ。

「どないしたん?えらい落ち込んどるみたいやけど」
「べ、別に何でもないよ。ところで白石くんの家ってこっちだったっけ?」
「ちゃうちゃう、今日はオサムちゃんの家で皆集まって飯食うてん。今はその帰り」
「あ、そ、そうなんだ」

何も云ってこないけど内心うっわ超ブスじゃんこいつとか思ってるんだろうな。目の前の白石くんをまともに見ることができない私は会計中のもどきにピントを合わせ言葉を交わす。するとそれを不思議に思ったのか、白石くんは首だけを動かして私の視線の先、今まさに退店しようとしているもどきに一瞥を投げ苦笑いを浮かべた。

「ミョウジさんはああいうのんがタイプなんや」
「えっ、ち、違うよ!」

全身全霊で否定すれば冗談だとあっさり返され、やっぱり小春の云う通りやな、とよく分からままに笑われてしまう。何が小春の云う通りなの?ていうか小春ってクラスメートの小春ちゃんのこと?頭上にクエスチョンマークをぽんぽん浮かべていると、白石くんは答えてくれた。
見た目はちょいイケイケやねんけど、なんでもすぐ信じてまうような純粋な子って小春から聞いててん。って。二人の間でそんなやり取りがなされていたとは露知らず。しかもイケイケって、「死語……」無意識のうちの呟きに、白石くんは照れ臭そうに口元を緩ませた。

「俺、結構おっさん臭いとこあんねん。謙也にもよう云われてまうんやけど」
「あっ、ごめんそんなつもりじゃ」
「はは、どないなつもりやねん」

軽快につっこんでくる白石くん。こんな風にまともに会話をしたのは初めてで、さっきから緊張感が走りっぱなしだ。緊張感も多分仕事し過ぎて疲れてしまうんじゃないかってくらいに。話ができて嬉しい気持ちは勿論ある、だけど今がすっぴんじゃなかったらと悔やんでしまえば心境としてはなんとも複雑で。
あ、あの、私そろそろ行かなきゃだから。歯切れの悪い切り出し方で買い物を再開しとっとと退散しようとすれば、白石くんは一度店外を見遣り、そしてこう一言。

「夜道は危険やし、送ってくで」

ええええ!そんな悪いし平気だよそれに家すぐそこだからと私はまたも全身全霊で断ろうとするが、白石くんは頑として受け入れてはくれず。ミョウジさんはもうちょい危機感持たなあかんと少々怒ったような顔でお説教されてしまっては、彼の申し出を呑む他なかった。
そんな訳で私と白石くん、共に買い物を済ませ夜道をひた歩く。一人分増えた人影は闇の中で微かに揺らめき、蛙の合唱はクライマックスに達したのか、往路よりも遥かに騒がしい。

「あ、」「えっ?」
「UFOや!」
「うそ!?」
「ははは、冗談やで」

またからかわれた!至極愉しそうな白石くんの隣で、私は己の単細胞さに大層立腹した。彼がかくも声を上げて笑っている姿は未だ曾て見たことがない。どうせならさ、もうちょっと違うシチュエーションでその表情に出逢いたかったんだけどね。
鬱陶しい蚊を手で追い払い、もう二度と引っ掛からないぞと固く心に誓う。そうして白石くんが再び「あ、」と発すれば、今度は何だとアホみたいに身構える私。それを見て、彼はまたしても吹き出した。そ、そんな笑わなくたって。ただでさえすっぴんの私はエイリアンとかプレデターとかまあ要するにそこらの化け物が人間様の服を着て歩いてるようなもんなのに、そこへこのミジンコ並の単細胞ときた。良いところが無さすぎて泣けてくる。(すっぴんの可愛い子が羨ましい、たとえば1組の西野さんなんかがまさにそう。)

「ほんまおもろいわ。明日謙也に自慢したろ」

白石くんはいったい何をどう自慢するつもりなんだろう。まさかとは思うけど、俺昨日エイリアンと人語で喋ったんやでーだなんて云う気じゃないよね。気になりはしても自然な聞き出し方が分からない上に、いつの間にか我が家の前まで戻って来ていたので結局疑問は疑問のまま。あの、白石くん、送ってくれてありがとう。気をつけて帰ってね。門の傍で別れを告げれば、一度私に背を向けた白石くんは向き直り、思い出したように口を開いた。

「ミョウジさん、すっぴん可愛えやん。いつものばっちり決めたメイクもええけど、ナチュラルな感じのミョウジさんも見てみたいわ」

ほなまた明日。白石くんは最後にとびっきりのスマイルをプレゼントすると、夏の夜に溶けていった。その姿が消えてなくなっても尚、私は門前に佇んだまま。すっぴんが可愛いなんて、どうせまたからかってるだけなんでしょ?でも、でも、

「お姉ちゃん!」
「な、なによそんな大声出して」
「ちょっと雑誌貸して!」
「はあ?」

明日は試しにつけまつげしないで行こうかな。アイラインも薄めに引いて。

「別にいいけど、あんた系統全然違うじゃん」
「うん。ちょっとナチュラルメイクの研究しようと思ってさ、」

冗談でも、白石くんがそう云ってくれるのなら。

バービーの背中に刺青//誰そ彼

20110607

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