「エクストリームクラッシャートモヒコォォォ」

隣でグースカ眠るナマエの、そんな寝言と強烈なパンチで目が覚めた、まだ夜半過ぎのことだ。むくり起き上がれば、俺の頭部は寝相の悪い彼女によって枕からずり落とされていた。殴られた左頬は普通に痛い。夢の中でまで熱くなりすぎだと文句を云いたくもなる。それにしても、ついこの間せっかくワイドダブルの、二人でゆったり使えるサイズのベッドに買い換えたというのに、ナマエはいつも転がり落ちているか、それでなくてもあちこち移動しているもんだから、俺としてはおちおち眠ってもいられない。今だって、完全に目が冴えてしまったではないか。

「よし、いいぞ。決まった!うぉぉぉ」

どんだけ興奮しているんだろうか。

「(水飲みに行くか……)」

まあ大丈夫だとは思うが、それでも物音を立てて彼女が起きてしまわないよう静かにベッドを抜け出し、軋む床にヒヤリとしながら台所へ向かう。小さめの食器棚からコップを取り出し、注いだ冷たい水を一気に飲み干す。口の中が渇いていたからか、やけに美味しく感じられた。ふう、と一息ついて寝室に戻り、ドアを開ければ、ベッドの上にあるはずのナマエの姿はなく。用足しにでも行ったんかな?と、あまり深くは考えずに室内へ足を踏み入れた瞬間。

「わっ」
「うおっ!な、なんやびっくりしたやろ!」
「へへへ」
「へへへちゃうわアホ」

スタンバイでもしていたのか、部屋の隅に隠れていた彼女に脅かされ、なんとも情けない悲鳴を上げてしまった。まさか起きているとも思わなかったから、その瞬間の驚きようといったらもう。体内の臓器という臓器が飛び出そうになったくらいだ。

「ほんま夜中のテンションちゃうやろ……」

笑いながら謝ってくるナマエと一緒に、するりベッドに潜り込む。が、一度意識がはっきりしてしまうと睡魔は中々降りて来ないもので。それはどうやら、彼女も同じだったらしい。

「あかん。蔵のせいで目覚めてもうたわ」
「俺はナマエの寝言とパンチのせいで起きてもうたんやけど。またプロレスの夢でも見とったんやろ?エクスカリバーなんちゃら」
「ちゃうちゃう、エクストリームクラッシャートモヒコや。エクスカリバーはKAORUな」
「知らんっちゅーの……」

彼女は生粋のプロレスマニアである。同じ大学に通うプロレス仲間(♀)と二人で、梅田にあるナスキーホールへ行くことはしょっちゅうだ。もちろん、府内に留まらず、近県へ出向くことだって。蔵も行こうや、なんて誘われることもないことはない、が、正直色々と怖いから一度だって行きたくはない。そこは彼女だけで楽しんでほしいので、ひたすら断り続けている。見た目は可愛い感じなのにこの趣味ときたら。ギャップ萌えと捉えればいいのだろうか。

「せや、しりとりしよ。はい、蔵ノ介の“け”」

でましたしりとり。目が覚めたと発言した時点で想定はできたが、本当にしょうもないことばっか思い付くなぁ、と改めて深夜のテンションの恐ろしさにおののきつつ、早く早くと急かしてくる彼女の言葉遊びにおとなしく従う俺。少しは退屈しのぎにでもなるだろうか。

「ケンタッキーフライドチキ……あ、やっぱケンタで」
「た?たーたーたー……タッキー&翼」
「猿岩石」
「ふるっ!キンタマ」
「こら。女の子がキンタマて。まあええか、ほなマラカス」
「好き」
「えっ、」
「え?続きはよ」
「あ、ああ……キムタク」
「くいしんぼうドライバー」
「アメーバ」
「バーコード禿げ」
「ゲレンデがとけるほど恋したい」
「広瀬香美か」

終わりの見えないしりとりが続くこと五分。



「飽きた。もうやめよ」

まあ、こうなるとも予想していたが。結局しりとりは、俺が放った“アメリカチョウセンアサガオ”というワードを最後に強制終了となった。ちなみにアメリカチョウセンアサガオはナス科の毒草だ。呼吸麻痺や意識喪失、興奮、錯乱といった症状を引き起こすから絶対食べないように。

「そういや蔵は明日休みなんやもんな。ええなぁ、うち明日は一限から講義びっしりやわ」
「けどええやん、明日飲み会あるんやろ?あんま他の男と仲良くせんといてな」
「やから女子会や云うとるやん。信用でけへんの?」
「ちゃんとしとるよ。ただ、ナンパされるかもしれへんやんか」
「ああ……そんときはファルコンアローかましてくるから大丈夫や」
「はいはい……ほんま頼もしいわ」

社会人の俺と学生のナマエとでは、生活リズムはほとんど変わらないものの休みが合わないため、中々デートらしいデートもできない。俺は俺で仕事が遅くなったり休日出勤になることもあるし、彼女は彼女でバイトや飲み会が続くときはとことん目白押しだ。あとは、今はこうして同棲のような感じになっているが、ナマエは元々実家暮らし。そこを数ヵ月前に転がり込んできたのであって、たとえ許可を得ていようと、たまにはちゃんと家に帰って親を安心させる必要がある。彼女とお付き合いさせてもらっていると、ご両親への挨拶は済ませているが、どこの馬の骨とも分からない男と付き合っていれば、当たり前にご両親は心配するだろう。そういうわけで、謙也にはラブラブでええなぁなんて会う度に羨ましがられているが、実際はそんなにラブラブできていないのが現実。だからこそ、こういう一瞬一瞬が大事なのは間違いないと思うが、今が真夜中だということを忘れてはいけない。

「蔵、明後日なんかある?」
「俺も聞こうと思ってたわ。仕事いつも通りなら早く帰って来れるで」
「よっしゃ!ならプロレス観に行こ!」
「丁重にお断りさせてもらうわ」
「なんやそれーおもんないなぁ。まあ冗談冗談、うちも講義少ないねん。せやからどっか連れてって!」
「ええよ、楽しみにしとって」

どんなに熱狂的なプロレスマニアでも、どんなにか弱そうな見た目と違って人一倍逞しくても、うん、と嬉しそうに白い歯を見せる彼女は、世界で一番可愛くて愛しい俺だけの恋人。それから自然と会話はなくなり、ほどなくして聞こえてきた彼女の寝息におやすみと呟くと、俺もまた、目を閉じた。

ノクターンの幻夜におやすみ//誰そ彼

20130417
美里さまリクエストで白石くんのお話

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テーマ「人外ファンタジー」
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